もし彼が、わたしに感謝の気持ちすら抱いてくれていなかったとしたら、それはそれで悲しかったのだけれど……。

「それにしても、こんな日に雨なんて……。気分が滅入っちゃうよね」

「そうですね……」

 幸い、ホテルの駐車場は建物の地下にあるので雨に濡れることはなかったし、彼の車に乗り込むまではちゃんと雨傘も差していた。でも、天気が悪いと気分が落ち込んでしまうのは、致し方ないことだったと思う。
 人の心と天候はリンクしているのだと、わたしは心理学の本か何かで読んだことがあった。今にして思えば、この日と翌日の空模様はわたしの心そのものを表していたように思える。

「――さ、暗い顔はここまで。今日は思いっきり楽しんでいきましょう! まずはお料理からよ!」

 とはいえ、いつまでも二人してどんよりしているわけにもいかないので、わたしはサッと気持ちを切り換えて、彼の肩をポンと叩いた。

「はいっ!」

 彼も空腹だったのか、いつもとほぼ同じ笑顔に戻って、わたしと一緒にズラリとお料理の並ぶビュッフェコーナーへ向かった。
 
 確か彼は、こういう煌びやかな場所が苦手だったはず。でも、この時のわたしは、そんなことなんてすっかり失念しており、彼が()(おく)れしていないことを嬉しく思うだけだった。

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 ――企業のトップたちが招かれた会だけあって、このパーティーの出席者は大人がほとんどだった。

 わたしのような大グループの代表から、ベンチャー企業の若き経営者まで幅広くいたけれど、その人たちに共通していた特徴は、ほぼ全員がアルコール愛好家だったということだ。
 パーティーの席にはバーカウンターが設けられていて、世界中のありとあらゆるお酒が並んでいた。
 わたしと彼のように、未成年だったり下戸だったりする人のためにソフトドリンクのドリンクバーも設置されていたので、わたしはともかく彼も周りからムリヤリ飲まされることはなかった。

 美味しいお料理に舌鼓を打ち、お腹いっぱいになったわたしたちは、テーブルでアップルジュースをお供にして話し込んでいた。

「結婚式を挙げるなら、披露宴のお料理はやっぱりビュッフェがいいかしら。だったらホテルウェディングじゃなくて、結婚式場でレストランウェディングの方がいいよね」

「……えっ? ……ええ、そうですね。でも僕は、まだあまり結婚に対して現実味が湧かないというか……」

「まぁだそんなこと言ってるの? わたしという恋人がいながら」

「…………」

 彼は明らかに困っているようだった。なぜ困惑したのかは考えないようにしていたけれど、ただ、この沈黙によって、わたしと彼の間に気まずい空気が流れ始めたことだけは確かだった。