****

 ――それからまた一ヶ月が経過しても、わたしと彼の関係は一向に進展しなかった。

 この頃、わたしはすでに彼との結婚の意思を明確にしていた。「わたしの生涯における伴侶は、もうこの男性(ひと)しかいない」と。
 でも、彼にはそこまでの覚悟はできていなかったらしい。〝恋人同士〟という関係ではあったものの、キスから先の関係には進もうとしなかった。

 義理堅い人なので、父との約束を果たすためにもわたしと別れる意思はなかったらしく、また他に想いを寄せている女性がいる様子もなかった。でも義理だけでなく、彼がわたしのことを本気で愛してくれているのは確かだった。
 だからこそ、まだ高校生だったわたしにおいそれと手を出せないという彼の気持ちはもっともだったし、真面目な彼の優しさにつけ込んで責任を取らせるつもりもなかったけれど。

 わたしだってもう幼い子供じゃなかったから、好きな人の温もりを感じたいという欲求くらいは芽生えていた。彼だって健全な成人男性なのだから、そういう本能的な部分はあったはずなのに……。彼は生真面目さゆえに、ムリをしてそういう気持ちを抑え込んでいたのだろう。
 そして、「住む世界が違う」という一種のコンプレックスというか、格差というか――。やっぱりそういうものが、彼の足(かせ)になっていたのかもしれない。

****

 ――夏休みの最初の二日間、わたしと彼は母から、一泊二日の神戸(こうべ)出張を命じられた。
 何でも、この年の十月に開業予定の篠沢商事・神戸支社の現地視察をしてきてほしいとのことで、「視察は初日に終わるでしょうから、二日目にはデートも兼ねて、二人で観光してらっしゃい」とも言ってくれた。

 言ってみればこの出張は、母がわたしたちに提案してくれた婚前旅行でもあったわけだけれど。もちろん主な目的は仕事だったので、ホテルの部屋はキッチリ別々、シングルルーム二部屋だった。

「夜淋しくなったら、貴方のお部屋に行ってもいい?」

 冗談半分、でも半分は本気でそう言ってみても、「ダメですよ! 女の子の方からそんなこと言っちゃ!」と、彼は頑なにわたしと同じ部屋で寝ることを拒んだ。

 理屈としては分からなくもなかった。結婚前のうら若き乙女が、夜遅くに男性の部屋を訪ねていくのは色々な意味で危険極まりない行為だと。彼が理性を保てなくなって、取り返しのつかないことになったら、困るのはわたしではなく彼の方だと。
 でも、ここまで強硬に拒まれてはわたしもオンナとして立つ瀬がないし、「この人、本当はわたしのことをどう思ってるんだろう?」と思いたくもなるものだ。
 唯ちゃんには「彼のことを信じてあげて」と言われていたけれど、わたしは彼の愛をどこまで信じていいのか分からなくなった。