わたしは車に対して、特に偏見やこだわりはなかった。もちろん今も。
 世の中には、軽自動車に乗っている男性を「カッコ悪い」とか言う女性もいると聞くけれど、わたしは違う。
 
 そして何より、せっかく彼が厚意でそう申し出てくれたのだから、贅沢なんて言っていい立場でもなかった(というか、言わないし)。

「ありがとう。わたしは軽でも全然構わないわ。じゃあ……お願いしようかな」

「はい! 安全運転で、無事にお家までお送りします!」

 彼が大真面目にそう宣言したので、わたしは思わず笑ってしまった。彼は――貢は、本当に人の心を和ませる名人なんだなと、わたしはその時思った。

「うん。桐島さん、お願いします」

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 駐車場の自分の車の場所まで来た彼は、(フォー)ドアタイプの軽自動車のロックをリモコンで解除すると、後部座席のドアをわざわざ外から開けてくれた。

「絢乃さん、どうぞ」

「ありがとう。――でも」

 わたしはそうお礼を言ったけれど、後部座席には乗らずに助手席のドアの前まで行った。

「……ねえ、助手席に乗ってもいい?」

「えっ? ……はあ、いいですけど。絢乃さんがいいんでしたら」

 彼はわたしの望み通り、今度は助手席のドアを開けてくれた。

「ちょっと(せま)いかもしれませんけど、どうぞ」

「ありがとう。ワガママ言ってゴメンなさいね」

「……いえ」と、彼は軽く首を振った。わたしは助手席に乗り込むと、キチンとシートベルトを締めた。
 彼は外からドアを閉めると、運転席に乗り込んでドアをロックし、エンジンをかけた。

「――すみません、こんな貧乏くさい車で。窮屈(きゅうくつ)ですよね」

 運転しながら、彼はなぜかわたしに謝った。

「後部座席なら、もっと広いと思ったんですけど……」

「ううん、いいの。わたしがお願いしたんだもの。助手席って、一度乗ってみたかったのよねー」

 わたしは初めて乗る助手席にワクワクしていた。フロントガラスから見える景色は、普段後部座席の横の窓から見える景色とまるで違っていた。

「へえ……、前からだと外の景色ってこんなふうに見えるのね。面白ーい♪」

「絢乃さんは普段、車に乗られる時は後部座席なんですか?」

 わたしの楽しそうな(実際、わたしは楽しんでいたのだけれど)反応を見た彼が、そんな質問を投げかけてきた。