少し前のわたしなら気にならない、些細な違和感。でも、それは少しずつだけれど確実に、わたしと彼の間に見えない壁を形成しつつあった。

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 ――六月のある日。わたしは学校のお昼休みに、窓際の席でボーッと外を眺めていた。 
 その日は梅雨入り前でよく晴れていたけれど、わたしがボーッとしていたのは半袖になった制服のブラウスから伸びる腕をじりじり照らす日差しのせいではなく、昼食が終わっての満腹感のせいでもなく。彼の態度が引っかかっていたからだった。
 第一、彼の様子がおかしくなってからは食欲が落ち込み、どれだけ美味しいものを食べても味がほとんど分からなかった。

「――絢乃タン、どしたの? なんか最近暗いよ?」

 そんなわたしを心配して声をかけてくれたのは里歩ではなく、唯ちゃんだった。里歩はこの時、担任の先生から用事を頼まれていて教室にはいなかったのだ。

「ああ、唯ちゃん。……うん、彼のことでちょっと。心配かけちゃってゴメンね」

「ううん! いいんだよ、そんなことっ! ……っていうか、絢乃タンの彼氏さんってあの人だよね? 先月、恵比寿で会った……確か、桐島さん?」

「うん、そう。――最近ね、彼の態度がちょっと変なの」

「ヘンって? 里歩タンみたいにアドバイスはできないけど、わたしでよかったら話聞くよ? っていっても聞くしかできないけど、それでもよかったら」

 彼女はちょっと変わり者だけれど、オタクだけあって恋愛の知識はかなり豊富らしい。わたしは唯ちゃんのことをちょっと頼もしく思った。

「うん……、ありがと。じゃあ聞いてもらおうかな。何だかね、最近の彼、わたしに対してちょっとよそよそしいっていうか、自分のことをすぐ卑下するし。ちょっと距離っていうか、(へだ)たりみたいなものを感じるの」

「ふんふん。それって、絢乃タンを嫌ってたり、避けてたりしてるワケじゃないんだよね?」

 わたしはちょっと首を捻ってから、その問いに答えた。

「違う……んじゃないかしら。表面上は変わらずに優しいの。わたしのことを好きなのは変わってないと思う。ただ……、何て言ったらいいのかな。今以上に距離を縮めようとはしてくれないの。わたしから縮めようとしても、遠慮するし」

 たとえばデートの帰り。家の前まではキチンと送ってくれるけれど、「ちょっと家に寄っていかない?」とわたしが誘ってみても(目的は「お茶くらい飲んでいったら?」くらいの気軽なものだった)、「僕は遠慮しておきます」だの「僕がおジャマしたら申し訳ないですから」だのと口実をつけては逃げていたのだ。まったくもって、取り付く島もない状態だった。