ひとつだけ確かなことは、父も母も政略結婚はキライだったこと。つまり、父はあの時すでに、わたしの想い人が彼だということに気づいていて、娘の幸せを何よりも願っていたということだ。

「まあ、僕はまだ交際を始めたばかりですし、急いで結婚を考える必要もないと思ってるんですけど……。ゆっくり考えていってもいいですよね、絢乃さん?」

「……えっ? うん……そうね」

 わたしの考えは違っていた。父の喪が明けて、高校を卒業したらすぐにでも結婚の準備を始めたいと思っていたのだ。なので、彼の考えが自分とは少し違っていることには正直戸惑った。

 ……あれ? わたしの中に、小さな引っ掛かりが生まれた。もう本当に、ほんの些細なすれ違いだったはずなのに、わたしはどうしようもなく不安になった。
 わたしは本当に、彼と結ばれるのだろうかと。

「――さてと。そろそろ帰りましょうか。絢乃さん、明日から新学期ですよね」

「うん」

 彼とわたしはシートベルトを締め直し、再び車がスタートした。

「高校生活最後の一年ですね。新しいお友達もできるといいですね、絢乃さん」

「うん、楽しみ♪ 里歩ともまた同じクラスになれるといいな」

 わたしは学校では友人が多い方だった。里歩はその中で一番親しい友人だったけれど、他にも親しくしていた友人は何人かいた。三年生で初めて同じクラスになった阿佐間(あさま)(ゆい)ちゃんもその一人だ。
 ただ、学校行事での思い出作りは期待できそうになかった。体育祭と文化祭は休日開催なので参加できそうだけれど、二泊三日の修学旅行は参加を諦めるしかなかった。

「――あ、ねえねえ! 今度、お休みの日にデートしようよ。わたし、一緒に観に行きたい映画があって。恋愛映画なんだけど」

 実は、彼とはまだ一度もデートらしいデートどころか、二人で食事にすら行ったことがなかったのだ。春休み中はほとんど仕事ばかりしていたので、恋人らしいこともほとんどできなかった。

「ああ、いいですねぇ。タイトル教えて頂けたら、ネットでチケット押さえておきますよ」

「わぁ、ありがとう! それと、別の日にだけど、貢のゴハン作りにお家まで行ってあげるわね」

 一度芽生えてしまった不安のせいだろうか。わたしは彼との距離を縮めようと躍起になってしまった。

「ありがとうございます。助かります。――さ、着きましたよ」

 彼はお礼を言ってくれたけれど、本心では少し困っていたのではないだろうか。わたしの押し付けがましい愛情を、迷惑に思っていたかもしれない。

「今日もお疲れさま。プレゼント、ありがとね。明日はまた一時前に、ここまで迎えに来てね」

 わたしはテディベアとネックレスの箱や包装紙などを手早く紙袋に入れ、車を降りた。

「分かりました。お疲れさまでした」

 彼がそう頷き、車に乗り込むのを確認してから、玄関へ向かって歩き出した。

「――ただいま!」

 玄関のドアを開け、中にいる母や史子さんに声をかけた――。