「はーい! お願いね。……あっ、髪ジャマになるわよね? じゃあこうしとくわ」

 わたしはシートベルトを外すと彼に背中を向け、長い髪を右手で一まとめにして前に垂らした。

 運転席から助手席に身を乗り出して作業にかかった彼は、少しでも楽な体勢が取れるようにセンターコンソールに片膝をつき、ネックレスの小さな留め金と格闘していた。
 男性特有の少し太い指ではやりづらいらしく、時々首筋に触れる彼の指先がちょっとくすぐったかった。彼のそんな不器用な指先からですら、わたしは彼の愛を感じていた。

「……はい、できました! こんな感じですかね。どうですか?」

 わたしは彼の手が離れるのを待って、助手席の窓に写り込む自分の姿を確認した。首元に手を遣り、ペンダントヘッドに触れて、大きく頷いた。

「うん、いい! ありがとう! ……どう? 似合ってるかしら」

 この日のインナーはVネックのオフホワイトのカットソーだったので、首元にアクセサリーが一つ加わっただけで、シンプルなコーディネートが少し華やかになった。

「はい、よくお似合いです」

「嬉しい! なんか、少し大人に近づいた気がするわ」

 十八歳といえば選挙権も与えられるし、世間的にも大人として認められる年齢。十七歳でいきなり経済界に飛び込んだわたしにとってこの日は、自分がちゃんと〝一人前〟になれた日だった。

「――あの、絢乃さん。このごろ僕には、絢乃さんの背中が少し大きく見えるようになりましたよ。さっきもそうなんですけど」

「えっ? わたし太ったかな? まさか、急に身長伸びるなんてことはないだろうし……」

 彼の口から出た意外な言葉の意味を、わたしは身体的な変化と捉えたのだけれど。

「違いますよ。会長の風格というか、(かん)(ろく)というか、そういうものができてきたのかな、って。あの会見の少し前からそう思い始めました。『社員を守るんだ』という、強い信念を感じましたよ。絢乃さんも、少しずつお父さまに近づいてきてるんじゃないですか」

「……えっ、そうかしら? そうだと嬉しいけど」

 その当時で、わたしは会長に就任してまだ四ヶ月目入るか入らないか。そんな時期にもう風格ができつつあったなんて、やっぱり父の血筋なのだろうか。

「はい。僕だけじゃなく、社長や専務からもそう見えてるはずです。あなたはもう、名実ともに〈篠沢グループ〉の立派な会長になられてますよ」

「え…………。ありがとう」

 彼はよくわたしを褒めてくれるけれど、この時ばかりはベタ褒めしすぎだと感じて少しむず痒かった。