「それでは甘いんじゃないですか? 解雇すべきだったのでは?」

 ……やっぱりツッコまれた。でも想定内だったので、わたしは素直に認めた。

『それは、わたし自身も思いました。ですが……、彼にはまたゼロからやり直してほしいんです。彼にもまだ未来がありますから。年齢的にも、再就職が難しい年代です。そんな彼に、これ以上マイナス要素を増やすようなことはしたくありませんでした。人は誰しも、(あやま)ちを犯します。彼もまたその一人です。ですが、彼もわたしにとっては家族のようなものなんです。わたしは彼に過ちを悔いて、前を向いてほしいと思っております』

 この考え方も甘いのだろうか? 恐る恐る報道陣の反応を窺ってみると、やっぱりあちこちからヤジが飛んできて、バッシングされ続けたわたしのメンタルはもう限界寸前だった。

「――では最後に、御社の再発防止策についてお聞かせ頂けますか?」

 同じ女性記者から、最後の質問がきた。それには村上さんが答えてくれた。

『弊社と致しましては、心理カウンセラーの先生を外部からお呼びして、被害に遭っていた社員のメンタルケアに努め、管理職にはコンプライアンスの徹底を呼び掛けていくつもりでおります。個人個人の意識を変え、「パワハラはいけないことだ」と思わせることが、再発防止として最善の策だと考えております。――会見は以上です』

 メンタル面でやられているわたしを(おもんばか)ってか、どよめく報道陣を尻目に、村上さんが会見を打ち切った。広報部の社員がその場に残り、報道陣にペコペコと頭を下げていた。

「――村上さん、先ほどはありがとうございました。貴方が一緒で助かりました」

 最上階へ上がるエレベーターの中で、わたしは村上社長に助けてもらったお礼を言った。

「『会長はひとりじゃない』と申し上げたはずです。あなたは僕にとって娘のようなものなんですから、お父さまの代わりに甘えて頂いて構わないんですよ? ――会見、お疲れさまでした」

「……はい。お疲れさまでした」

 本当に父親のように微笑み、わたしを励ましてくれた彼は、先にエレベーターを降りていった。
 この一件でいちばん責任を感じているのは、わたしよりも社長である村上さんだったのかもしれない。いざとなったら、わたしを(かば)って責任を取り、社長職を退任する覚悟だったのだと思う。

「――ただいま」

 会長室へ戻ると、わたしは留守番をしてくれていた貢に声をかけ、デスクではなく応接スペースのソファーにぐったりと座り込んだ。

「おかえりなさい。会見、お疲れさまでした」

「疲れたぁー……。もう今日は仕事する気力もないわ」

 彼にだから、弱い部分もさらけ出せる。正直、この日ほど会長の責任がしんどいと感じたことはなかった。
 でも不思議と「会長を辞めたい」と思わなかったのは、彼を守ることもわたしがすべきことだと分かっていたから。

「会長、ありがとうございました! 僕との約束を守って下さって」

 彼は九十度に腰を曲げ、〝最敬礼〟の姿勢でわたしにお礼を言った。わたしの誠意は、彼にも十分伝わっていたらしい。

「桐島さん、頭上げて! わたしは会長として、当然すべき務めを果たしただけよ。貴方のこと、本気で守りたかったから」

 彼のため。――それがわたしの本心だった。どんなにカッコいいことを言ったって、結局はそこに辿り着いてしまうのだ。わたしは彼のことが好きだから。

「はい!」

 顔を上げた彼は、満面の笑み。わたしはそれを見られただけで、この件への達成感を得ることができたのだった。