『わたしたちがこの問題を知るキッカケとなったのは、被害者だったひとりの男性社員の身内の方のお話でした。そこで初めて、弊社でのパワハラ事案の存在が明るみに出たわけです。すぐにわたし自ら調査を始めたところ、この問題の被害者は彼だけでなく、その部署全体の実に九割存在していることが発覚したんです』

 わたしは彼の名前と所属名は伏せて、この会見に至る経緯を話した。

『わたしはその事実を知った時、迷わず公表することに決めました。隠蔽することは賢明な判断ではございませんし、いずれ発覚することなら自分たちで公にしてしまった方が、弊社及び当グループが世間から受けるダメージや批判も小さいはずだと。――それは社の体裁を守るためではなく、社員やそのご家族の生活を守るためです。それが、わたしが会長として一番にすべきことだと考えました』

「――半年も前から問題が起きていたのなら、人事部へ報告が入っているはずですよね? それを会長がずっとご存じなかったのはどうしてでしょうか? 気づけなかったことで、会長は責任を感じられなかったんですか?」

 今度は別の男性記者から質問が飛んできた。

『それは……』

 わたしは返事に詰まった。ことが最初に起きたのは半年前。その時にはまだ父が会長で、わたしはこの会社と直接は何の関わりもなかった。
 でも、父でさえこの問題を知らなかったのだ。それでどう答えろというのだろう?

『この件に関して、会長には何の責任もありません。ですから、彼女を責めるのはやめて頂けませんか』

 そんなわたしをフォローしてくれたのは、村上さんだった。

『半年前は、彼女はまだ会長に就任されておりませんでした。彼女のお父さまが会長でしたが、彼もその頃にはすでに体調を崩しておりまして、この件は把握しておりませんでした。社長である私ですら、この件は知りませんでした。ですから、責任があるとすれば会長親子ではなくこの私です』

 彼も記者の不躾な質問に怒りを覚えていただろうに、それをお首にも出さずに冷静を保って答えていたのには、わたしも脱帽だった。

「――ところで、パワハラをしていた当事者であるその管理職の処分については、どうなさったんでしょうか? 会長、お答え願います」

 また別の女性記者が質問してきた。

『当該部署の管理職は、今月末付けで依願退職と致しました。解雇ではなく依願退職にしたのは、先ほども申し上げたとおり、彼のご家族の生活を守るためです。問題を起こした当人は責められても仕方ありませんが、彼のご家族には何の罪もございませんので』