彼は年上だけれど、わたしはもっと彼との距離を縮めたいと思っていたのだ。

 ――二人で楽しくデザートを頂いてから、そろそろ三十分が経とうとしていた。

 クラッチバッグの中でスマホが短く震えた。メッセージが受信したという合図だ。
わたしは淡いピンク色の手帳型のスマホケースを開いた。

「……あ、ママからだわ」

〈パパはもう部屋で休んでます。九時になったら解散の挨拶をよろしくね。お客様たちのお帰り用ハイヤーは、こっちで手配しておいたから〉

 メッセージに書かれていたのは、たったそれだけだった。父の具合も、わたしが帰る時に迎えを寄こしてくれるのかどうかも、何も書いていなかった。 

「ママ……、わたしはどうやって帰ればいいのよ」

 わたしが漏らした呟きは、果たして彼の耳に入っていたのかどうか。

「お母さまからですか?」

「ええ。九時になったら解散の挨拶をよろしく、って。あと、お客様たちの帰りのハイヤーは手配済みだって」

 さすがは当主で、元教師だ。手回しがいい。……ただ、どうして娘のことは案じてくれないのか、わたしは(はなは)だ不満ではあったけれど。

「――ああ、もうすぐ九時になりますね。少し早いですが、そろそろ」

 腕時計に目を遣りながら、彼がわたしを促した。主役のいないパーティーは、早く終わらせた方がいい。
 というか、本当は父が帰宅した時点で終わらせるべきだったのだ。

「そうね。じゃあ、行ってくるわね」

 わたしも、母から頼まれた仕事から一分でも早く解放されたかった。
 ステージの壇上に立ち、スタンドにセットされたマイクを手に持つと、わたしは深呼吸をしてからスイッチを入れた。

『皆さま、本日は父のためにお集まり下さいまして、本当にありがとうございます。わたしは篠沢源一の娘で、絢乃といいます』

 解散の挨拶って、何を言えばいいんだっけ? ――わたしは頭の中が真っ白になった。
 しかも、主役がいないことを伝えたうえで、この会場にいらっしゃるお客様たちの機嫌を損ねることなく、気持ちよくお帰り頂くにはどういたらいいのか。当時高校生だったわたしには、この仕事は無理難題に近いものだった。

『……えー、皆さまもお気づきかもしれませんが、本日の主役である父は、体調を崩して早めにここから引き揚げさせて頂いております。予定より早くはなりますが、このパーティーはこれでお開きとさせて頂きたいと思います』