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――こうして、わたしは初めての半日勤務を終え、定時である夕方六時に彼の愛車で帰宅の途についた。
「――なんか、春休みに入って早々、大変な案件抱えちゃいましたね」
運転席から、ため息とともに彼のそんな言葉が聞こえてきた。わたしはすぐに、それがあの件だと思い当たった。
「すみません。兄があんな話さえ持ち出さなければ、絢乃さんがこんなに頭を抱えることもなかったんですよね。パンドラの箱なんて開けなければ……」
「それは違うわ。お兄さまが悪いんじゃない。どっちみち、この問題は隠し通すことなんてできなかったのよ。だから、貴方が謝る必要もないの」
彼を宥めるように、わたしは優しくもキッパリと言った。
「こんなキッカケでもなければ、わたしはずっとこの問題に気づいてなかったかもしれないもの。ずっと隠蔽し続けて他所からリークされるよりは、わたしたちから公表した方が、会社のイメージのためにもいいと思う。非難されることも覚悟のうえよ。それが、わたしが会長としてすべきことだと思うから」
「絢乃さん……、なんかオトコマエですね」
彼はわたしの潔さに感服しているようだった。
公表したところで、マイナスのイメージは拭い去ることはできないだろう。それでも、ずっと隠蔽を続けた場合に比べれば、企業としての信頼回復に要する時間はずっと短くて済む。……わたしはそう考えたのだ。
「〝オトコマエ〟って……、わたし女の子なんだけど。まぁいいわ。――明日、村上さんたちもわたしの考えに賛同してくれるといいんだけどな……」
こんなことで、二人の重役と対立したくはなかった。もちろん彼らの意見も聞くつもりではいたけれど、わたしは自分の考えが間違っているとは思えなかったのだ。
「そうですね……。きっと大丈夫ですよ。――さて、着きましたよ」
「うん、ありがと。今日もお疲れさま」
彼は車を停めるとわたしを降ろし、そそくさと退散しようとしたけれど。
「……桐島さん、キスくらいして行ってもいいのよ? せっかく恋人同士になれたんだし」
「へっ!? ですが……マズいんじゃ?」
「大丈夫よ。ここはオフィス内じゃないんだし、ママも口固いから。……ね?」
「……本当にいいんですね? じゃ、失礼して――」
彼は遠慮がちに、わたしに唇を重ねた。でも、どこかぎこちなくて、もどかしくて。一度唇が離れてすぐ、今度はわたしからキスをした。
「……えっ? えっ? なんで――」
「じゃ、また明日ね。おやすみなさい」
耳元までを真っ赤に染めてあたふたしている彼に背中を向けて、わたしはホクホク顔で玄関アプローチを歩いて行った。