素早く通話ボタンを押し、わたしは応答した。
 一体何のご用件だろう? 忘れ物でもされたのかしら? ――わたしには、彼がわざわざわたしのスマホに電話してきた理由が思い浮かばなかった。

 そして、その隣では発信者がお兄さまだと知って、彼が(ぶっ)(ちょう)(づら)で立っていた。

『ああ、絢乃ちゃん。まだ仕事中だろ? ゴメンな。――いや、別に大した用件じゃねえんだけどさ、さっき訊き忘れたことあって』

「訊き忘れたこと?」

『うん。――あのさ、絢乃ちゃんって誕生日いつ? もうすぐだってのは、アイツから聞いてんだけど』

 ……ああ、なんだそんなことかと、わたしは脱力した。

「三日です。四月三日」

『四月三日かぁ。んじゃ、あと一週間ちょっとだな。ありがと。――悪いけど、貢に代わってくれる?』

「えっ? ……はい。――お兄さまが、貴方に代わってほしいって」

 わたしがスマホを差し出すと、彼は受け取るなり電話に向かって噛みついた。

「オイ兄貴っ! そんな用件でわざわざ会長の携帯にかけるくらいなら、最初っから俺に電話しろよ!」

『だってさぁ、絢乃ちゃんの誕生日、お前に訊くワケにいかねぇじゃん? やっぱ本人に訊かねぇとさぁ』

「あー……、まぁなあ。そうだけど」

 彼は完全に悠さんのペースに引っぱられ、いつの間にか毒気を抜かれていた。

『だろ? っつうワケでさ、お前、プレゼントちゃんと考えてやれよ? 今回は失敗(しく)んじゃねぇぞ。お前の物選びのセンス、めちゃめちゃ悪ぃもんな。いつだったか、彼女にドン引きされてたじゃん?』

「やかましいわっ! つうか、絢乃さん横にいんだぞ? そういう話はやめてくれ!」

 彼は小声でまくし立てていた。兄弟ゲンカは非常に微笑ましいのだけれど、わたしに聞かせたくない話なのだろうかと、わたしは小首を傾げていた。

『お前、いい加減センス磨けや。あっ、何ならオレも一緒に選んでやろうか? この兄ちゃんに任せなさい♪』

「遠慮被るよ。確かに兄貴の物選びのセンスはピカイチだし、女性のツボもちゃんと心得てるけど。絢乃さんが兄貴に心変わりしそうでコワい。……あ」

『〝あ〟?』

 不用意な発言をしてしまったことに気がついた彼の顔には、ハッキリと「ヤベぇ」と書いてあった気がする。
 彼はしきりに、わたしにペコペコと頭を下げていたけれど、わたしは苦笑いしつつ、言ってしまったことは仕方ないと肩をすくめて見せた。

『心変わりって……。お前、ついに絢乃ちゃんの彼氏になったのか! よかったなぁ!』

「……うん。そうなんだよ、あの後すぐに、めでたく両想いになってさ」

 お兄さまにそう話す彼は、満更でもなさそうだった。