「そうだよ。僕は元々箱の番人を任されていたんだ。魔物の住む世界と人間の住む世界、そのふたつをきっちり分けて管理するのが僕の役目。けど、エレインは昔みたいにこの世界に魔物を呼び戻そうとしてる」

「何故?」

「魔物の数は人間に比べて圧倒的に少ない。だからひとりひとりが強い力を持っていても数で負ける。魔物はこの世界では幸せに暮らせない。でもエレインはこの世界で人間を支配したいと考えてるんだ」

「そんな、そんなこと簡単にできるわけない」

「そうだね。でもこの街を見てごらんよ。吸血鬼が支配者として君臨してた街だよ、バランは」

グレンは黙って二人の話を聞きながらも、一瞬表情を強ばらせた。それでもサラはここで話をやめるわけにはいかなかった。

「じゃあ、吸血鬼を目覚めさせて人間を支配しようとしてるって言うの?」

「吸血鬼だけじゃない。森にいた人狼も、魔女の血を引く君のことも、エレインは利用できるものは何でも利用しようとする。だからサラ、僕とここを出てベイルの港へ帰ろう。エレインと離れなきゃ。もちろんここにいる吸血鬼とも」

そう言われてもここには母ローラがいる。ローラを助けるまではサラはここを出て行けない。

「バルクロ、お母さんを助けたいの。癒しの箱を貸してちょうだい。それに今なら奏での箱も……」

サラははっとなって辺りを見回した。

「ねぇバルクロ、ハンナお嬢様が持っていた奏での箱は?」

バルクロはチラリとグレンの顔をうかがって、サラの耳元に囁いた。

「こいつを信用するの?」

グレンを信用して今ここで話をしていいのかとバルクロは聞いている。

サラはグレンを見上げた。

「母を助けたいって言ってくれた言葉、信じます」

信じていいのかと聞こうとしたけれど、それを聞くのは違うと思った。信じるか、信じないか決めるのは自分自身だ。

バルクロの言葉も同じように信じることに決めた。

疑ってばかりいては進んでいけない。

「バルクロ、癒しの箱はある?」

箱の位置を示した地図は縮尺が記載されていなかった。けれど、封じの箱と奏での箱がここにあるなら、癒しの箱も近くにあるのだろう。

「もちろん持ってるけど……」

「グレン、母の所へ連れて行ってください」

まさに、繰り返し見たあの夢が現実になろうとしているのかもしれない。

グレンはまだバルクロを信じてはいない。けれど今を逃せばローラを助ける機会は次いつ訪れるか分からない。

逡巡した後、グレンは地下室への扉の鍵を再び手にとった。

「分かった。行こう」

グレンの声を合図に三人は地下へと下りていった。