「お眠りください、ご主人様。まだ目覚めの時ではございません」

強い香の匂いがしたかと思うと、そんな声が横から聞こえてきた。

サラが何かを言う前に、その人物はサラの肩を抱き寄せ、耳元に「静かに」と囁いた。全身から伝わって来る緊張感に、サラも言葉を飲み込んだ。

柩の中の男はしばらくぼんやりとしていたが、軽く頷いて再び横になった。もう姿は見えない。柩の蓋が重い音を立てて閉まっていく。

「行こう」

促されてサラは部屋を出る。通路に点々と灯る蝋燭の灯りにほっと胸を撫で下ろした。

「グレン……?」

「全く、君は……」

サラの頬を撫でる指先がわずかに震えていた。

「聞きたいことがあるの」

「何でも聞いてくれて構わない。でも先にここを出よう。怪我はない?」

サラが頷くと、グレンはほっと息をつき、サラの手をとって歩き出した。

バルクロが見つけた出口は、グレンの部屋に繋がっていたらしい。

部屋にはバルクロだけがいた。

「ハンナお嬢様は?」

「エドニーに部屋へ送らせたよ」

バルクロの代わりにグレンが答えた。

「君も出ていってくれ」

グレンはバルクロにそう言うと、促すようにドアを開いた。

バルクロはそんな風に言われて出ていくのも癪な気がしたが、ここに長居するつもりももちろんなかった。またあの魔女と対面するのだけはごめんだ。

「サラ、行こう。こんな所にいたら危険だ」

あえて見せつけるようにサラの肩を抱き寄せ戸口へと向かう。

グレンはバルクロの手をひきはがし、サラを自分の方へ引き寄せた。

「サラを危険な目に合わせたのはどっちだ? 君がサラを舞台に立たせ剣で切り刻もうとした」

「まさか! あれはショーだ。危険なんてなかった。そもそもあの性悪魔女を引き入れたそっちの責任だろ?」

「性悪魔女とは誰のことだ?」

「エレインだよ。あいつは真性の魔女だ」