「ハンナお嬢様!」

サラはハンナに駆け寄ると、その体を抱きしめ辺りをうかがった。薄暗い室内には大きな黒い柩がただひとつ置かれているきりだった。

壁には何かのタペストリーや剣が飾られているようだったけれど、暗くてよくは見えない。

そしてハンナはその手にオルゴールを握りしめていた。

「ハンナお嬢様、その箱は誰から?」

「グレンおじ様が……」

「それはオルゴールですか?」

「……」

ハンナはもうサラの声を聞いていなかった。ハンナの手の中にある箱はリリアのオルゴールによく似ている。

サラは知らずに体が震えるのを感じた。謎のマントの人物に奪われたはずのオルゴールが何故ここに?

グレンはリリアのオルゴールが見つかりそうだと言っていた。もしかしたらもう手に入れていたのだろうか。サラを驚かせようと内緒にしているのかもしれない。あるいは晩餐会が終わってからゆっくりと話そうとしていたのか。それにしても何故ハンナに?

奪われたと思っていたオルゴールはもしかして初めからここにあったのではないだろうか。

そんな考えがふと浮かぶ。

グレンがサラに隠す理由は? 理由ならある。母ローラだ。

姿を消した母は、本当にここに助けを求めてやってきたのだろうか。

グレンは母を助けようとしているのだろうか。それとも箱を奪うためにわざと眠らせたのでは?

ローラが病気だと言うなら何故癒しの箱を使わなかったのか。

疑念が洪水のように押し寄せてくる。これまで一度もそんな風に考えなかったことの方がおかしいのではないか。

疑い始めたらきりがない。

そして最も不可解なのは、

――何故ハンナに吸血鬼を目覚めさせようとしたの?

サラはもう何を信じていいのか分からなくなっていた。暗く不気味な地下室の中で不安が増長されていく。

その全てが仕組まれていたとしても、サラに知る術はなかった。

――吸血鬼に気をつけて。

母の言葉が何度も頭の中で繰り返される。

いつの間にかバルクロの腕に抱き上げられていたサラは、バルクロの見た事のない真剣な表情に全てがオセロの裏と表のように裏返っていくのを感じた。

――彼は一度も君に嘘をついたことはない?

バルクロの言った言葉が蘇る。初めからグレンはサラに嘘をついていた。自分が領主であることを。