戻ってきたグレンにリリアの通う学校の場所を聞き、サラはそこへ向かうことにした。

「俺は少し用がある。また夜に奇術の館へ訪ねるから、何か分かったら教えて欲しい」

サラはこちらから出向くと言おうとしたが、グレンがどこに住んでいるか分からない上に、夜では道に迷う可能性もある。素直にうなずいて別れた。

サラはリリアが大切なものとして思い浮かべた灰色の犬、アレンを探すつもりだった。

オルゴールを見つけたいと願うサラの問いかけに、リリアの答えた三つの大切な物。

ひとつはオルゴールそのもの。ひとつは支配人。支配人からはオルゴールがリリアの母親からの贈り物で、宝石箱のように見えるという話を聞いている。

三つ目は何の関係も無さそうに思える犬だ。

けれどそのアレンという犬こそがオルゴールの在り処に最も近いヒントなのだとサラは感じていた。

リリアの通う学校は街の西側に流れるジナ川沿いにあった。川の向こうには深い森が広がっている。

学校に向かう道すがら邸宅街を軽く見て回ったが、サラの探している肖像画に描かれた建物は見当たらなかった。

アレンは学校の裏にいる。リリアはそう言っていた。サラは学校を見つけると壁沿いに裏手に回ってみた。

学校の裏には広い芝生の球技場が広がっていた。その向こうには林があり、そのさらに向こうにジナ川が流れている。

サラは時折アレンの名を呼びながら林まで行ってみた。

子どもたちは帰ったあとなのか、球技場に人の姿は見えない。

林の中に入ると辺りは薄暗く、足元は落ち葉や下草のせいで歩きにくい。サラは戻って着替えてくるべきだったと後悔したが明日と明後日は雨だ。探すなら今日がいい。

戻っていたら日が暮れてしまう。そう考えて歩きにくい靴を脱ぎ、柔らかな苔に足を乗せた。

しばらく林の中を歩いて見たけれど、アレンも他の動物たちもみな雨に備えて巣に戻ってしまったのか影も形も見えなかった。

アレンを直接見たことがあれば占いに頼ることもできたが、リリアの記憶の中で垣間見ただけでは正確な占いはできそうにない。それができるならアレンを探すよりオルゴールを探す方が早い。

「使えない能力ね、サラ」

自分で自分にそう語りかけながらサラは川の音がする方へ足を向けた。視界が開けるとほっとして、河原に降りていった。

土で汚れた足を洗って乾かす。

どんよりとした空は曇っているのにどこか眩しく感じた。

背中に視線を感じて振り返ると、そこに灰色の犬がいた。前足が少し後ろにあるのを見ると、犬というよりは狼に近い気がした。

「アレン?」

犬はピクリと耳をそばだて、サラの声を聞いているようだった。

「アレンね? リリアの友達のサラよ」

もしアレンでなく本物の狼だとしたらどうしよう、サラがそんなことを考えていると、

『リリア……』

サラの声を繰り返すようにそんな声が聞こえた。

周りに他に人はいない。声は灰色犬から聞こえてくる。

「そうよ。リリアを知ってるでしょ? リリアが心配してるわ」

『リリアは怒ってる』

「どうして? あなたがオルゴールを欲しがったから?」

アレンは喉の奥で唸り声を上げた。

「リリアは怒ってないわ。とても、困ってる。大切な物を失くしたから」

ゆっくりとサラはアレンに語りかけた。

狼はゆっくりと歩き木の影に隠れた。逃げたのではないと分かったサラはその場を動かずに待った。

やがて灰色の髪の少年が木の影から姿を現した。

「アレンね?」

もう一度サラが問いかけると、少年は小さくうなずいた。


「リリア、本当に怒っていない?」

アレンは悲しみを湛えた深いグレーの瞳でサラを見上げていた。

「ええ、怒っていないわ。でもアレンがいなくて寂しがっていたわ」

サラがそう答えるとアレンは安心したようにサラの隣にやってきた。

「僕、聞いたんだ。人間が一番大事にしているものをくれたら僕も人間になれるって」

それがアレンがオルゴールを欲しがった理由だった。狼の姿から人の姿に変身したところを見ると、今は少年の姿をしていてもアレンは人間ではない。

「アレンは人狼なのね?」

アレンはピクリと肩を震わせ、うかがうようにサラを見上げてくる。サラはアレンを怖がらせないように穏やかな表情と声音を保って静かに石の上に腰を下ろした。

リリアが隣に座るように手招くと、しばらく迷っていたアレンだったが、やがてサラの隣に座り話し出した。

「リリアと同じになりたい。リリアと一緒に学校に行って、一緒に遊んで、大きくなったらリリアと結婚する。そのためにリリアの一番大事なものが必要なんだ」

「アレン、オルゴールはリリアにとって大切な物だけど、多分一番じゃないと思うわ」

サラは考えながらゆっくりと言葉を口にする。アレンにもリリアにも傷付いて欲しくなかった。

「じゃあ、オルゴールをもらっても僕は人間になれないの?」

「残念だけど」

アレンはにわかに顔を曇らせ俯いた。やがてその瞳に再び強い光を輝かせてサラを見上げて言った。

「じゃあリリアにとって一番大事なものは何?」

「アレン、もしそれをリリアから取ったらリリアがいなくなっちゃったり、リリアに嫌われるとしてもそれが必要かしら」

「だって僕は人間になりたいんだ。人間じゃないとリリアのそばにいられないから」

サラの考える一番大事なもの、それはもちろん人の命だ。これは誰にもあげられないし、誰からももらうことはできない。だからアレンは誰かに嘘を教えられたのだと考えていた。

けれどそうサラが言ったところでアレンは信じないかもしれない。アレンが信じたいのは人間になれるという希望だからだ。

「アレンはリリアに一番大事なものをあげられる?」

「もちろんだよ!」

「アレンの一番大事な物は何?」

「僕の一番大事なもの……」

アレンは爪を噛んで考えこんだ。そして左右に首を振った。

「僕は何も持ってないよ」

サラはそんなアレンを抱き寄せながら答えた。

「いいえ持っているわ。でもそれは決して誰にもあげられないの」

サラの腕の中でアレンはじっとしていた。アレンの悲しみがサラの胸に伝わってくる。

「アレン、悲しまないで。リリアのそばにいられる方法を私も一緒に考えるから」

サラがそう言った時には、アレンはもう狼に姿を変え走り出していた。

サラは胸の底に冷たい水が入り込んできたように焦りを覚えた。

失敗したかもしれない。二人を最悪な形で引き裂いてしまうことになりはしないかと、サラは押し寄せる不安に動けずにいた。