バルクロは確かにサラを奇術の箱からテント裏に置いたソファに移動させたはずだった。

その後でサラは自分の部屋に戻り、あの魔法陣からここへやってきたのだろう。

サラがあの魔法陣を描いたのだろうか? それともエレインが?

それにしても何故こんなところで一人で泣いているのか。

「私、グレンを信じていたのに……。もう、何を信じればいいのか分からない……」

サラの頬を涙が伝い落ちた。

バルクロは指でサラの涙を拭ってやりながら、震える背中を撫で続けた。

カタリと音がしてそちらに目を向けると、そこには奇術ショーの時真っ先に悲鳴を上げた少女が青い顔で佇んでいた。

「こんな所で何をしている?」

「吸血鬼になるの」

ハンナはバルクロの問いかけにそう答えた。

ハンナの後ろには黒い柩がある。

「吸血鬼だって?」

「駄目よハンナ。そんなの駄目……」

サラはハンナに手を伸ばす。けれどハンナはその声が聞こえないかのように柩の蓋に手をかけた。

少し蓋をずらしただけで、ハンナはくるりと背を向けると後ろのテーブルに向かった。

しばらくすると、柔らかいオルゴールの音が室内に響き始めた。

聞き覚えのあるメロディにバルクロははっと顔を強ばらせた。

「それは奏での箱か……!」

すぐにハンナのやろうとしていることが分かった。柩の中には吸血鬼が眠っているのだ。

それを奏での箱の力で目覚めさせようとしている。

ハンナが言うように吸血鬼になりたいのだとしたら、ハンナは吸血鬼に自分を襲わせるつもりなのだろう。

バルクロはサラの体を両腕に抱き上げた。吸血鬼が目覚める前にここを抜け出さなくては。

「駄目よ、ハンナを助けなきゃ」

バルクロはチッと舌打ちして、すぐさまハンナに見えない糸を伸ばした。

サラを抱いて部屋を出ると、魔法陣のあった場所まで急いで戻る。ハンナはバルクロの操る糸に引きずられるように後をついてくる。

その手の中で奏での箱は同じメロディを繰り返していた。