その時ハンナは壊れた椅子から飛び出していた釘に足を引っ掛け血を流していた。

グレンはその血を見て顔色を変えた。

怯えるハンナが見たのはグレンの金色に光る両目だった。

この邸にまつわる様々な噂話。グレンの部屋の地下室にあるいくつもの棺を見たサラは、あのどれかに吸血鬼が眠っているのかもしれないと思えた。

でも今それを答えれば、ハンナは怯えてしまう。ハンナが見たものはたまたま光の加減でそう見えただけかもしれないし、事前に聞かされた噂話のせいかもしれない。

そう思いながらも、サラ自身、グレンの金色に光る目を見たことがあった。あの時はとても正気とは思えない様子だった。

もしかしたらグレンの中には吸血鬼の血が流れているのかもしれない。

けれど、グレンが人の血を啜って生きているとは到底思えない。

サラが魔女の血を引くように、グレンもまた吸血鬼の血を引いているとしても、本物の吸血鬼には程遠いだろう。その血は限りなく薄まっているはずだ。

「ハンナお嬢様は吸血鬼が怖いですか?」

サラは優しい声で問いかける。

ハンナはこくりと頷いた。

「でもさっき私が怖いものを聞いた時には吸血鬼は入っていませんでしたね」

ハンナにとって怖いもの、それは暗いところ、自分に意地悪をするいとこたち、そして地下室で見たグレンの光る目。

全て過去の体験から心にできてしまった傷が生んでいるものだ。

「吸血鬼がもしいるなら……私も吸血鬼にして欲しいの。そうすれば暗いところもリリーたちも怖くなくなるもの」

ハンナは変わりたいと願っているのだと、サラはその言葉を受け止めた。吸血鬼なんていないのよ、と答えることは簡単だ。

でもそれではハンナは救われない。