リリーたちを呼びにきただけかと思えば、エレインは立ち去る様子を見せずにじっと机の上の水盤を見ていた。

「これで占いをするの?」

「はい。他に石占いもございます」

「まだ何も占っていないのね」

エレインの指がつと水盤の縁をなぞる。

「何か占いましょうか?」

「いいえ、私も占いをするの。この邸には領主様の結婚相手として来たわけではないから安心して」

エレインは長い黒髪を片手で払い、まっすぐにサラを見るとわずかに唇の端をつり上げた。

ぐるりと部屋の中を見回し、壁の一画に目を止めると、そちらへと歩いていく。

そこには昨日エドニーが持ってきた額が飾られている。中には母ローラが古物商に預けていたという絵が収められていた。

うっすらと描かれた地図の上に三つの箱の絵が描かれている。

エレインはその絵をじっと見つめていた。

サラはどうしたものかと思案しながらエレインのそばによると、同じように絵に目を向けた。

「宝の地図みたいですよね」

サラはそう言いながらそっとエレインの横顔を盗み見る。

その表情はどこか懐かしい物を見るように微かに微笑んでいる。

「そうね、これは宝の地図。魔物たちにとっては異界への入り口を指し示す地図ね」

「えっ?」

「ずうっと昔、魔女と魔法使いはこの世でもあの世でもない新しい世界を作った。人間に虐げられる魔物たちを救うための世界。あなたも聞いたことあるでしょ?」

それはおとぎ話だ。ある時代を境に、吸血鬼や人狼、妖精、魔女といった人ならぬ存在がその数を急激に減らしていった。

人間に狩られたというのが通説だが、おとぎ話の中では別の世界へ移り住んだのだと物語られている。

「本当にそんな世界があるのでしょうか……」

サラはおとぎ話で語られる話の方が好きだ。人でないという理由だけで殺されてしまったなんて悲し過ぎる。最近出会った人狼の少年アレンの顔が思い浮かんだ。

アレンは人間になりたがっていた。人狼だと知られれば大好きなリリアのそばに居られないからだ。

けれど今二人は仲良しで、サルマンホテルでよく一緒に遊んでいる。人狼だからと言う理由で狩られる必要などどこにもない。

「あなたなら見つけられるわよ。ところで……」

何をと問い返す間もなく続けられたエレインの言葉に、サラはまじまじとそのアメジストのような瞳を見返した。

「ヴィルヘルムを返してもらいに来たの」