「早くローラを目覚めさせよう。奴が箱を渡さないなら力ずくで奪う」

「もう少し待ってください」

サラはグレンの乱暴な言葉に戸惑う。サラとしても一刻も早く元気な母に会いたい。けれど毎夜見る夢がサラを押し留めていた。

バルクロの知っていることを少しでも多く聞き出したい。不思議な箱についてはあまりにも知らないことが多すぎる。魔力を持った物を安易に使えば大きな代償を払うことになる。それは母がいつもサラに言っていた事だ。

魔法には等価交換の法則がある。母を救うために魔法を使うことでグレンに何かあったら? サラはそのことを恐れていた。それにバルクロがいなければハシリは舞台に立てるようにならないかもしれない。

力ずくで奪おうとすれば、バルクロが箱を持ったまま行方をくらませてしまう恐れもある。

「母を助けるにはバルクロの協力が必要です。彼は今はまだ私たちを信用していない……。でもちゃんと話せば」

「分かっている」

グレンは吐息の混じった声でそう言うと抱きしめていた腕を解いた。

「晩餐会の客が訪れ始めたら俺はしばらく身動きできない。くれぐれも気をつけて欲しい。それと」

サラの手を持ち上げその甲に唇を押し当てると、グレンは何かを飲み込むように笑みを作り冗談めかして言った。

「領主への手紙は欠かさずに書くように」

サラは恥ずかしさに俯きながらも「はい」と答えた。ここへ来てすぐの頃、グレンが領主と知らずにエドニーに言われて領主に宛ててお礼の手紙を書いた。

短い返事とともにサラの部屋に届けられたのは一冊の本だった。既に読み終えたその本は、貴族の青年と身寄りのない娘が手紙を通して結ばれる物語だった。

その本のこともあってグレンが領主なのではないかと思い始め、今もサラを包み込む香水の香りで確信したのだ。

「領主様、母のことをお願いいたします」

領主の部屋の地下に眠る母のことを、箱を手に入れるまで守って欲しい、そう願うサラにグレンは頷いた。

領主様ではなく名前で呼んで欲しい、そんな願いはしばらく胸の内にしまっておく。

来客を告げにエドニーが書庫にやってきたのはそれからすぐのことだった。晩餐会の間、グレンは一時も気を抜くことはできない。

部屋を出て行くサラを見送りながら、紳士的に振る舞い過ぎた自分を呪った。

「うわぁ、なんて顔をしてるんです? 飢えた狼みたいですよ」

エドニーのそんな言葉にグレンは手元の本を投げつけていた。