父は怯えていたのだ。酒の力に頼らなければいられないほどに。

グレンは何度もこの部屋に出入りするうちに、不思議なことに、パンにカビが生えることもなく、りんごはいつまでも赤く瑞々しいままなことに気付いた。

それならば死体も腐ることなくそのままだったとしてもおかしくはない。

ふと、何かが動いたような気がして振り返ると、そこには先日サラが持ち込んだあの小箱があった。

中にいる怪しい生き物は、箱を開いた者に呪いをかけようとしている。

ハイディはその箱をくれた人物から「この箱を持つ者と鍵を持つ者。二人は結ばれるという言い伝えがある」と聞いたらしい。

しかしサラはそんな可愛らしい話ではないと見抜いた。

箱に閉じ込められた悪魔に結ばれた二人は、片方が死ねばもう片方も死ぬ。

殺したい相手がいたなら間接的にその相手を殺すことも可能だ。

そして悪魔は世に放たれる。

グレンはふと、もし呪いなどでなくただ二人が結ばれるというだけなら、鍵を持つ自分と箱を持つサラが結ばれはしないかと考えてみたりした。

そんな考えが浮かぶ程に酔っていたのか、サラが欲しくて堪らないのか、グレンは自嘲気味に笑った。

「あのサラって女が好きなんだろ? 俺様が二人の縁を結んでやるよ。そしたら二人は生涯くっついて過ごせるぜ」

いつの間にかヴィルヘルムが箱の上に座っていた。

黒いスーツに背中に黒い羽。赤い目がグレンを見て笑っている。

「黙れ。お前がその箱から解放される日は来ない」

グレンは冷たくそう言って箱を持ち上げると、どこか目のつかない所へ入れておこうと部屋を見回した。

そして棺に目を止め、その蓋に手をかけると力を入れて少しずらし、そこに小箱を押し込んだ。

「や、待てよ! こんな所に入れるなよ」

ヴィルヘルムの叫びは棺の蓋が閉じられるとともに消えた。

グレンは満足気に笑ってワインの瓶を手に階段を上がった。

たとえ結ばれなくても、サラはすぐ近くにいる。今はそれでいい。そう思いながら。