サラは持っているドレスの中で一番上等の物を引っ張りだした。姿見の前で体に当ててみてもふた昔前の流行の型は冴えない。とてもサルマンホテルには入れてもらえそうになかった。

「フィ姉さんに頼んでみた方がいいわね」

そう独りごちて一階にある衣装部屋の主を訪ねた。

サラがこの街に来て右も左も分からず迷っているところを助け、この仕事を紹介してくれたのがフィ姉さんだった。

奇術の館でショーに使う衣装を作っている女性だ。一見三十歳にも二十代後半にも見えるが、その実は五十を超えているというのだから恐ろしい。

「フィ姉さんいる?」

ドアをノックするとすぐに応えがあった。

「入ってきて、今手が離せないの」

衣装に埋もれた部屋の奥で、フィは男物のベストを縫っているところだった。

黒地に銀の刺繍が見事だ。ふと今朝のあの男が着たら似合いそうだと考えてサラは一人苦笑した。

「お客さんにサルマンホテルに来いって言われたの。何か服を貸してくれない?」

「サルマンホテル? そりゃ凄い。上客だね。ちょっと待ってて。いいのがあるよ」

フィは衣装の材料となる古着をあちこちから仕入れている。古着と言っても、お貴族様の服は傷んでいる箇所などほとんどない。二度同じ服をパーティに着ていくのは野暮だとかですぐに新しい服を新調するからだ。衣装部屋に溢れた服は古着屋が買い取る。

この国の風習で布地は燃やしてはいけないことになっている。燃やすのは死者を葬る時だけだ。

フィが選んできたのは美しいレース編みの膨らみの少ないドレスだった。柔らかなクリーム色がとても上品だ。

「髪と化粧もしてあげようか?」

「うんと大人っぽく見えるようにお願い」

占い師という職業柄、サラは二十代半ばに見えるように喋り方や化粧に気を配っている。痩せてはいるが、幸いなことに胸の発達が良く貧相な体つきには辛うじて見えない。

それでも化粧がなければまだあどけない、本来の十七の娘の顔になる。

着替えを終え部屋に戻ったサラは化粧の出来栄えを確かめようと手鏡を手にとった。

母の形見の手鏡は繊細な銀の彫刻に縁取られ手にしっかりとした重みを感じさせる。とても古い物だ。

背面が開くようになっていてそこには一枚きりの母の肖像画が収められている。

生きているのか死んでいるのかさえもサラは知らない。

サラが十五の時、母はある日突然いなくなった。

サラは肖像画の母の後ろに描かれている建物を探して街を転々としてきた。その建物を見つけたとして、そこに母がいるとは限らない。それでもそうせずにはいられなかった。

何度も母の行方を占ったけれど何も分からなかった。サラの占いの力は母から受け継いだものだ。母は占いの他にも色々なことができた。

もしその力を利用しようとする者に連れ去られたのだとしたら。

そんな考えが浮かんでは消える。

もし生きているなら何としても助けたい。

肖像画に描かれた建物は立派なお屋敷だった。サルマンホテルへ招かれたことは思わぬ幸運だった。この機に貴族街の中に探している建物がないか確認することができる。

下町に住む者はおいそれと貴族の住む街へは入れない。

そうは言っても何も関所があるわけではない。身なりさえきちんとしていれば怪しまれることもないだろう。

借りてきた小さなバッグに占い用の文字の刻まれた小石の入った袋を詰め込む。それだけでバッグはいっぱいになった。

サラは鏡に向かって表情を作る。精一杯大人っぽく見えるように唇の端を軽く上げて笑って見せる。

指先の傷が見えないよう手袋をはめ部屋を後にした。仕事に行くというのに心が浮き立つのを止めることができなかった。