奇術の館の前には長蛇の列ができていた。

バルクロの技術は言うに及ばず、その演出の華麗さはたちまち噂となり、連日客が押し寄せている。

サラは裏口から中に入り、二階の最奥の部屋へと向かった。

ちょうど幕間でバルクロは部屋の中にいた。

「待っていたよ」

白いシャツ、真紅のシルクのベストにアスコットタイという舞台衣装を着たバルクロは、まるでどこかの国の王子様のようだ。

見慣れた部屋のはずなのに、バルクロがいるせいかサラは落ち着かない。

距離を詰めてくるバルクロからサラは避けるように一歩下がった。意図したわけではなかったが、体が自然とそう動いていた。そんなサラの態度にバルクロも伸ばしかけた手を下に下ろした。

サラは深く息を吸いこんだ。バルクロといると雰囲気に流されそうになる。でも今は母のことを確かめるのが先だと強く自分に言い聞かせる。

「母のこと、教えてください。最後に会ったのはいつですか? どこで会ったの?」

「君といたあのベイルの港街だよ。最後に会ったのは君があの街に来た日だよ。君が追いかけて来たことを知ってローラは街を出て行ったんだ」

「そんな……」

「言っただろ? ローラを探しちゃいけない」

「どうして? 私が危険だと言うなら母はもっと危険なはずでは?」

逃げなくてはいけないような危険があるというのなら、尚更助けに行かなくてはとサラは気持ちが逸る。

「サラ、落ち着いて。ローラは助けてくれる人の所へ行くと言っていたから大丈夫だよ。君のことは僕が頼まれたんだ。だから一緒にベイルの街に帰ろう」

「ベイルへ……?」

「そうだよ。あそこならローラからの知らせが届くかもしれないだろ? ここにいてもローラには会えないよ」

思いがけない提案にサラはすぐに答えることができなかった。

頭ではそうするべきだと分かっているのに、バランの街から離れたくない気持ちが頷くことを拒んでいた。