バルクロはサラが占い部屋として使っていた二階の最奥の部屋へと進み、垂れ幕をかき分けて中へ入った。
舞台のある通路側の垂れ幕を引き開けると、明かりが差し込み客の歓声が響いてくる。
「この部屋を使ってるの?」
「そうだよ。ここの人はみんな親切だね」
バルクロは舞台を見下ろせる位置に立ってサラを手招きする。眼下では虎の火の輪くぐりのショーが始まっていた。
「私に伝えたいことって何?」
「久しぶりに会ったんだ。もう少しゆっくり話そうよ」
バルクロはそう言って笑みを浮かべ、舞台に目を落とした。
「あの時、助けてくれてありがとう」
バルクロの隣に立って、サラも同じように舞台を見下ろす。それからゆっくりと息を吸ってその言葉を口にした。
ずっとちゃんと言いたかった言葉だ。思いがけずこんなところで伝えることになるとは思わなかった。
バルクロは照れたように俯いた。
「あれからすぐに君はいなくなった。すごく探したよ。せっかく仲良くなれると思ったのに」
そんな言葉と切ない眼差しを向けられて平気でいられる女性がいるだろうか。サラは慌てて目を逸らしながら謝ることしかできない。
「ごめんなさい……」
「また会えたからいいよ」
一際大きな歓声に二人の声がかき消されそうになる。サラは先程のバルクロのショーを思い出して言った。
「あなたが奇術師だったなんて知らなかった」
バルクロはゆっくりと体を反転させ、サラに向き直った。伏せた長い睫毛の下にある青い瞳は影になって見えない。
「僕は君が魔女の娘だって知っていたよ、サラ」
思いもかけない言葉だった。サラは息を飲んでバルクロの顔を見つめ返した。
「母親を探しているんだろ?」
「母を知っているの?」
サラは声を震わせながらバルクロに詰め寄る。
「いい物を見せてあげる」
バルクロはそう言うと部屋の中に入り、片隅にまとめられた荷物の中から小箱を取り出した。
それはハイディが謎のベールの女性から受け取った箱によく似ていた。つまり、リリアのオルゴールとも似ているということだ。
「『癒しの箱』だよ。君のお母さん、ローラからもらったんだ」
バルクロと母ローラに接点があったとは夢にも思わなかった。母を探す手掛かりが目の前にあったと言うのに、サラは気付かず街を出ていたのだ。
「母を、……知っているの?」
「もちろん。僕のお師匠様だからね」
「今、どこにいるの?」
「それは……、サラよく聞いて。ローラを探してはいけない。彼女が君の前から姿を消したのは、君を守るためなんだ」
「嘘、なんで……」
今にも泣き出しそうなサラの両腕を掴んで、バルクロは言い聞かせるように繰り返した。
「僕が伝えたかったのはこのことだよ」