「ごめん、サラ。僕もう帰るよ」

ハシリがそう言って慌てて立ち上がった。

「いいのよ、ハシリ。私も今から一緒に奇術の館に行くわ。フィ姉さんにも会いたいし」

そう言うことなのでまた今度にしてください、とサラがグレンに告げると、グレンは振り払われた手を再びサラの肩に回して言った。

「新進気鋭の奇術師を見に行くんだろ?」

「もうその話をご存知なんですか?」

「今まさにそれを見に行こうとしていたところだからね」

部屋に入ってきた時は機嫌が悪いのかと思ったが、今は余裕のある笑みを浮かべるグレンに、サラは何故だか素直になれない。

「一週間も会わなかったので、一緒にあの箱について調べるという約束も私のことも忘れたのかと思いましたわ」

そんな嫌味がつい口をついて出た。

正直なところ、どこに住んでいるのか、何をしているのかも知らないグレンにサラはこちらから連絡をとることもできない。

占ってみようかと毎晩のように思いながらも、明日は連絡があるかもしれないと待ち続けていたのだ。

「大急ぎで仕事を片付けてきてみたら、君は男と手を取り合っていた上に、俺の手を振りほどいた。つれないのは君の方では?」

グレンに思いもかけない言葉で反撃され、サラは何も言えずに顔を赤らめた。

まるでハシリに嫉妬したと言わんばかりだ。そんなことがあるはずがないと思ってみても、グレンは容易くサラの心に押し入ってくる。

「本当に忙しかったんだ。すまない」

俯くサラにグレンは慌てたようにそう謝った。

サラの推測が正しければ、グレンが忙しいことは疑いようもない。

《《同じ館の中に住んでいながら》》一週間も会えないほどに、サラとグレンの間に距離があることも。