「いったい、いつまで隠しておくつもりなんです?」

エドニーは銀縁の眼鏡を人差し指の背で押し上げグレンを見下ろしていた。領主の机の上は常に書類が山積みだ。

グレンは読んでいた手紙から目を離し顔を上げる。

「折をみて話すよ」

その口許が緩んでいるのを見るのは何度目だろうか。これまで仕事中にグレンが笑みを見せたことなどなかった。

それがこのところ、度々手紙を読んではニヤついている。

「隠す必要あるんですか? 正直面倒くさいんですよ。何故私まであなたの正体がばれないように気を遣わなくちゃならないんですか」

グレンは手紙を丁寧にたたみ、椅子から立ち上がると、窓辺に寄って裏庭を見下ろした。

「こういう物語がある」

グレンがそう言ってエドニーに語ったのは、孤児院で育った少女に陰ながら援助の手を差し伸べる青年貴族が、少女と手紙をやりとりするうち恋が芽生えるというストーリーだった。

「まさか、そんな話に感化されて……?」

エドニーの声が心なしか震えている。

「サラは字も上手い。この便箋もセンスがあると思わないか」

グレンが読んでいたのはサラからの手紙だった。

「子どもじゃあるまいし、何馬鹿なことを言ってるんですか!」

「じゃあ聞くが、領主が占い師の娘に相手にしてもらえると思うか?」

「それを言うなら逆でしょう」

「時には領主という肩書きが邪魔になる時もある」

「だからと言って騙されたと知ったらサラは傷付きますよ」

「それでも何も始まらないよりはいい」

そう言ってエドニーを振り返ったグレンの目には、領主になることを決意した時に封じ込めたはずの熱が浮かび上がっていた。

グレンは領主になることを最後まで拒んでいた。六人の兄弟の末っ子でありながら、上の五人は皆、この小さなバランの領主でいることを嫌がって街を出ていった。

狭すぎる街の中で吸血鬼の噂は絶えることなく語り継がれ、古い館の中で何世代も前から受け継がれる行事や衣装を守って生きていくことに、子どもたちは誰も興味を示さなかった。それどころか、この街に残ることさえ嫌がった。

バランは古い街だ。魔女や吸血鬼に関する逸話は数え切れないほど残っており、領主は吸血鬼の末裔だと言われている。

吸血鬼の力を蘇らせないこと。

それが領主に与えられた使命のひとつだった。

館の地下室には今も吸血鬼の柩が安置されている。

ただの噂ではないことをグレンは知っている。領主の地位とともにその部屋の鍵を引き継いだからだ。

裏庭で賑やかに洗濯物を干す声が聞こえてくる。その中に亜麻色の髪を三つ編みにしたサラの姿を見つけて、グレンはふと思い出した。

「リリアのオルゴールを持ち去った人物について何か分かったことは?」

「ありませんね。そう言えば、奇術の館に新しい奇術師が入ったとか。かなり噂になっているようです」

「どんな?」

「切り落とされた腕を元通りにしたとか」

「奇術だろう?」

「いえ、それが本当に怪我人を助けたらしいんです」

立て続けに奇妙な人物が現れる。グレンは少し考えこんだ後、唇の端を持ち上げるようにして笑みを浮かべた。

「たまには奇術を見に行ってみるのも面白そうだな」

「仕事、片付けてからにしてくださいね」

エドニーはしっかりと釘を刺すことを忘れなかった。