「サルマンホテルのランチメニューがここのところ人気を博している」
「領主様もいらしているらしい」
そんな噂を耳にしたハイディは「領主様とばったり出会って恋に落ちるシチュエーションを想定」し、着飾ってランチに出かけることにした。
少し早めの時間だったため、ハイディはホテルの庭を散策することにした。
サルマンホテルはこのバランの街で最も古くからあるホテルだ。その庭はよく手入れされていて美しい。
ソマン川から引き込んだ小さな支流が敷地内を流れ、点在する東屋からは川のせせらぎと季節毎の花々が楽しめる。
バランの街はザダの門から領主の館まで一直線に伸びた大路を境に、西にジナ川までは邸宅街、東にソマン川までは商店街が広がる。
そして領主の館に近いほど地価は高く、高級な建物が並ぶ。
ハイディの父は領主の館に近い一画で銀行を営んでいる。働かずとも一生食べるのには困らない。
目下の目的は若き領主との結婚である。
お披露目のパーティでその姿を見て以来、ハイディは領主の妻の座には自分が一番相応しいと確信している。
けれど政略結婚のような味気の無い関係はごめんだった。
ハイディは日傘をクルクルと回しながら東屋のひとつに近付いた。
すぐ近くに行くまで気が付かなかったが、そこには先客がいた。
ハイディはその東屋に入るのを諦め踵を返した。そこに声がかけられた。
「お嬢さん、お待ちください」
「私に何か御用かしら」
ハイディが振り返ると、そこにはひとりの女性が立っていた。
五十歳くらいだろうか。真っ黒なワンピースに黒いベールを被っている。
「もし良かったら、これをもらっていただけないかしら」
女性は小さな宝石箱のような物をハイディに差し出した。
「これは? 何故私に?」
「領主様との結婚を望んでいるのでしょう? この箱には鍵が掛かっているのだけれど、その鍵は領主様がお持ちなの」
「どういうこと?」
「この箱を持つ者と鍵を持つ者。二人は結ばれるという言い伝えがあるの。私には領主様は若すぎるでしょ」
そう言ってベールの女性は笑ったようだった。
明るい真昼の光を反射して宝石を散りばめた小箱はキラキラと虹色に輝いている。
ハイディはいつの間にかその箱を手に持っていた。
気が付いた時にはベールの女性は居なくなっており、ハイディは東屋の傍に一人立ち尽くしていた。
「とまぁ、そう言うことがあったのよ。でもどう考えても胡散臭いのよね。そもそもどうして私が領主様との結婚を望んでいるって知っていたのかしら」
サラの占い部屋に訪れたハイディは、机の上に小さな宝石箱のような物を置いて、それを持って来ることになった経緯をサラに語って聞かせた。
ザダの門近くに三階建ての大きな屋敷がある。看板には奇術の館とあり、一階のステージでは様々な奇術ショーが連日客を楽しませている。
二階にはステージを見下ろす客席と、分厚い布で囲われたいくつかの占い部屋がある。
サラはその最奥にある最も高級な占い部屋で占い師をしている。
ハイディはここ最近よくサラを訪ねてくる。
占い目当てと言うよりは、周りに話せない話をサラに吐き出しに来ている節もあった。
「このオルゴール……」
サラはその小箱に見覚えがあった。実際に見たわけではないので、その物かどうか自信はない。
「これってオルゴールなの? 鍵が掛かってて中は見られないのに、さすがサラね」
「いえ、そうではなく……」
ハイディにその話をすることはできない。サルマンホテルの支配人リリアの失くしたオルゴールかもしれないと言えば、何故サラがそんなことを知っているのかと聞かれるだろう。
そうなるとアレンの話もしなくてはならなくなる。
アレンはリリアの友達の人狼だ。
人狼というのは人の姿になることができる狼で、人間たちから迫害を受け、既にその数は幻とも言われる程希少だった。
希少だからといって人狼が保護されるとか大切に扱われるわけではない。寧ろその逆だ。
人外のものを恐れる人間の中には見つけるなり殺そうとする者もいる。
サラは自身が魔女の血を引くこともあって、アレンを守りたいと思っていた。
そして先日このオルゴールは怪しいローブの人物に持ち去られ、行方を探しているところだったのだ。
もしこれがリリアのオルゴールだとするなら、そのベールの女性はオルゴールを返しにサルマンホテルに来たのではないだろうか。
しかしそれだと鍵を領主が持っているというのはおかしい。鍵があるならリリアが持っているはずだ。やはりリリアの物に似ているだけで全く別の物なのかもしれない。
それでも一応確かめておきたいと、サラはハイディにその小箱を数日借りられないかと申し出た。
「それが本当に鍵を持つ人と結ばれる箱なのかどうか分かったら教えてね」
ハイディはそう言って帰っていった。
サラはリリアの記憶の中にあったオルゴールをよく思い出そうとしたけれど、考えれば考えるほど曖昧になっていく。
「やっぱりリリアに確かめた方が確実ね」
サラは外出着に着替え部屋を出た。そこで階段を上がってきたフィと鉢合わせた。
「ああ、サラ。今下に警察が来てるわ」
「何かあったの?」
「それがね、領主様が鞭の使用と所持を禁止なさったそうなのよ! 今座長が鞭を取り上げられてるところよ」
フィは嬉しそうにサラの両手を握った。
「これでもう鞭で打たれなくてすむわ。良かったわね、サラ」
サラは話を聞いてフィと抱き合って喜んだ。
「それにしても何故急に鞭を禁止にしたのかしら」
「誰かが領主様に嘆願したのかもしれないわね。うちだけじゃなくて、近くの縫製工場や農場でも下働きは鞭打たれてたからね」
フィの言葉を聞きながら、サラはグレンのことを思い出していた。
初めてサラの占いに訪れた時、グレンはサラが座長に鞭で打たれるのを見て庇ってくれた。
グレンはおそらく貴族だ。領主様に鞭を禁止するよう進言してくれたのはグレンかもしれない。サラは内心でそう思っていた。いくら下働きが訴えたところで領主様の耳に届くことなどそうあるわけがない。
今度会ったら、……いやもう会うことはないかもしれない。それでももし会えたらお礼を言いたい。そんなことを考えているところへ、サラにとってはあまり好ましくない声が聞こえてきた。
「おい、占い師。この館にある鞭はこれで全部か」
「アシュリー捜査官……」
何故そんなことをわざわざ聞いてくるのかが分からない。サラは思い切り眉をひそめた。
「何故私に聞くんです?」
「何故ならお前が一番鞭に打たれていたからだ」
「何故そんなことが分かるんですか? まるで見ていたみたいに」
「お前のように鈍臭い奴が一番鞭に打たれているのはどこも同じだ」
「言っておきますけど、あの事件以来私は一番最奥の占い部屋に移ったんです」
「それがどうした」
「一番売れっ子占い師ってこと!」
サラはむくれて腕を組むとフンと顎を反らせた。
この男と話していると、サラはどんどん仮面を剥がされていくような気がする。
占い師として大人びて見えるよう常に気をつけているというのに、アシュリーはサラの神経を逆撫でするようなことばかり言ってくる。
からかわれていると分かっても腹が立つのだから仕方ない。
「お前が売れっ子だって? ははっ、道理で門前雀羅を張ったように静かなわけだ」
「今はちょうど昼の休憩時間で、……そんなことよりさっさと鞭を回収してお帰りください」
「いや、今から俺は昼休みだ。一緒に飯を食いに行くぞ」
「おひとりで行ってください」
「まぁ、そんな冷たいことを言うな、売れっ子占い師」
アシュリーはサラの肩に腕を回すと、容赦なく引っ張っていく。
「あら〜、サラちゃん行ってらっしゃ〜い」
フィは何やら含み笑いでサラを見送っていた。傍から見れば可愛いサラにちょっかいを出さずにはいられないといった体のアシュリーに、皆生暖かい視線を送るばかりだ。
サラは強引なこの捜査官が苦手だった。しばらく前に起きたサルマンホテルでの連続窃盗事件で、サラは占いで犯人逮捕に一役買った。
その時、事件の操作を担当したのがアシュリー捜査官だった。アシュリーは当初サラを疑っており、それこそサラの髪の毛一本一本に至るまで全てを調べあげようとした。
結果的にサラは潔白が証明された上に、その占いの力が本物であると認められたようなものだった。
最奥の占い部屋に移れたのはアシュリーのおかげと言えなくもない。
アシュリーに連れられて、昼食時で賑わう食堂街を歩く。赤い髪色で背の高いアシュリーは通り中で目立っている。よくこの辺りを訪れることもあってあちこちから親しげに声が掛けられると、アシュリーも手を上げて返事を返す。
「よく来るんですね、この辺り」
「まぁ、巡回コースさ。お、今日はここにしよう」
アシュリーが選んだのは冷麺を売る店だった。確かに夏に差し掛かって今日は一際暑い。
アシュリーはさっさと注文を済ませ、日陰に設えられた席に着く。この辺りの店はサルマンホテルにあるような高級レストランとは違って、どこも店先の軒下か、店と店の間に共同の飲食スペースがあるだけだ。
殺風景な下町の通りの中、のんびりと塀の上で寝そべる猫と、奇術ショーの練習がてら小銭を稼ぐ見習いの子たちの姿が目を楽しませてくれる。
「最近は貴族の客を相手にしてるんだって?」
「まぁ」
「お前さ、占い師としての力はあると思うよ。だけどあそこで働くより貴族の屋敷でメイドとかする方がいいんじゃないか? なんなら俺が紹介してやってもいいぞ」
「こんな身元不明の女を雇ってくれるお貴族様なんていませんよ」
「いや、今メイドを探してる家があってさぁ、お前にどうかと思うんだ。身元の保証は俺がしてやるよ」
「……ちなみにお給金は」
「今の倍は稼げるはずだ」
「私の知ってる家ですか?」
「行けばわかる。何ならこの後見に行くか?」
アシュリーに借りを作りたくはない。けれどお金は稼ぎたい。サラは迷った。
「見に行くだけ……」
「よし、決まりだ」
ちょうど運ばれてきた冷麺は冷たくて喉越しがよく、あっという間に二人のお腹に収まった。
「領主様もいらしているらしい」
そんな噂を耳にしたハイディは「領主様とばったり出会って恋に落ちるシチュエーションを想定」し、着飾ってランチに出かけることにした。
少し早めの時間だったため、ハイディはホテルの庭を散策することにした。
サルマンホテルはこのバランの街で最も古くからあるホテルだ。その庭はよく手入れされていて美しい。
ソマン川から引き込んだ小さな支流が敷地内を流れ、点在する東屋からは川のせせらぎと季節毎の花々が楽しめる。
バランの街はザダの門から領主の館まで一直線に伸びた大路を境に、西にジナ川までは邸宅街、東にソマン川までは商店街が広がる。
そして領主の館に近いほど地価は高く、高級な建物が並ぶ。
ハイディの父は領主の館に近い一画で銀行を営んでいる。働かずとも一生食べるのには困らない。
目下の目的は若き領主との結婚である。
お披露目のパーティでその姿を見て以来、ハイディは領主の妻の座には自分が一番相応しいと確信している。
けれど政略結婚のような味気の無い関係はごめんだった。
ハイディは日傘をクルクルと回しながら東屋のひとつに近付いた。
すぐ近くに行くまで気が付かなかったが、そこには先客がいた。
ハイディはその東屋に入るのを諦め踵を返した。そこに声がかけられた。
「お嬢さん、お待ちください」
「私に何か御用かしら」
ハイディが振り返ると、そこにはひとりの女性が立っていた。
五十歳くらいだろうか。真っ黒なワンピースに黒いベールを被っている。
「もし良かったら、これをもらっていただけないかしら」
女性は小さな宝石箱のような物をハイディに差し出した。
「これは? 何故私に?」
「領主様との結婚を望んでいるのでしょう? この箱には鍵が掛かっているのだけれど、その鍵は領主様がお持ちなの」
「どういうこと?」
「この箱を持つ者と鍵を持つ者。二人は結ばれるという言い伝えがあるの。私には領主様は若すぎるでしょ」
そう言ってベールの女性は笑ったようだった。
明るい真昼の光を反射して宝石を散りばめた小箱はキラキラと虹色に輝いている。
ハイディはいつの間にかその箱を手に持っていた。
気が付いた時にはベールの女性は居なくなっており、ハイディは東屋の傍に一人立ち尽くしていた。
「とまぁ、そう言うことがあったのよ。でもどう考えても胡散臭いのよね。そもそもどうして私が領主様との結婚を望んでいるって知っていたのかしら」
サラの占い部屋に訪れたハイディは、机の上に小さな宝石箱のような物を置いて、それを持って来ることになった経緯をサラに語って聞かせた。
ザダの門近くに三階建ての大きな屋敷がある。看板には奇術の館とあり、一階のステージでは様々な奇術ショーが連日客を楽しませている。
二階にはステージを見下ろす客席と、分厚い布で囲われたいくつかの占い部屋がある。
サラはその最奥にある最も高級な占い部屋で占い師をしている。
ハイディはここ最近よくサラを訪ねてくる。
占い目当てと言うよりは、周りに話せない話をサラに吐き出しに来ている節もあった。
「このオルゴール……」
サラはその小箱に見覚えがあった。実際に見たわけではないので、その物かどうか自信はない。
「これってオルゴールなの? 鍵が掛かってて中は見られないのに、さすがサラね」
「いえ、そうではなく……」
ハイディにその話をすることはできない。サルマンホテルの支配人リリアの失くしたオルゴールかもしれないと言えば、何故サラがそんなことを知っているのかと聞かれるだろう。
そうなるとアレンの話もしなくてはならなくなる。
アレンはリリアの友達の人狼だ。
人狼というのは人の姿になることができる狼で、人間たちから迫害を受け、既にその数は幻とも言われる程希少だった。
希少だからといって人狼が保護されるとか大切に扱われるわけではない。寧ろその逆だ。
人外のものを恐れる人間の中には見つけるなり殺そうとする者もいる。
サラは自身が魔女の血を引くこともあって、アレンを守りたいと思っていた。
そして先日このオルゴールは怪しいローブの人物に持ち去られ、行方を探しているところだったのだ。
もしこれがリリアのオルゴールだとするなら、そのベールの女性はオルゴールを返しにサルマンホテルに来たのではないだろうか。
しかしそれだと鍵を領主が持っているというのはおかしい。鍵があるならリリアが持っているはずだ。やはりリリアの物に似ているだけで全く別の物なのかもしれない。
それでも一応確かめておきたいと、サラはハイディにその小箱を数日借りられないかと申し出た。
「それが本当に鍵を持つ人と結ばれる箱なのかどうか分かったら教えてね」
ハイディはそう言って帰っていった。
サラはリリアの記憶の中にあったオルゴールをよく思い出そうとしたけれど、考えれば考えるほど曖昧になっていく。
「やっぱりリリアに確かめた方が確実ね」
サラは外出着に着替え部屋を出た。そこで階段を上がってきたフィと鉢合わせた。
「ああ、サラ。今下に警察が来てるわ」
「何かあったの?」
「それがね、領主様が鞭の使用と所持を禁止なさったそうなのよ! 今座長が鞭を取り上げられてるところよ」
フィは嬉しそうにサラの両手を握った。
「これでもう鞭で打たれなくてすむわ。良かったわね、サラ」
サラは話を聞いてフィと抱き合って喜んだ。
「それにしても何故急に鞭を禁止にしたのかしら」
「誰かが領主様に嘆願したのかもしれないわね。うちだけじゃなくて、近くの縫製工場や農場でも下働きは鞭打たれてたからね」
フィの言葉を聞きながら、サラはグレンのことを思い出していた。
初めてサラの占いに訪れた時、グレンはサラが座長に鞭で打たれるのを見て庇ってくれた。
グレンはおそらく貴族だ。領主様に鞭を禁止するよう進言してくれたのはグレンかもしれない。サラは内心でそう思っていた。いくら下働きが訴えたところで領主様の耳に届くことなどそうあるわけがない。
今度会ったら、……いやもう会うことはないかもしれない。それでももし会えたらお礼を言いたい。そんなことを考えているところへ、サラにとってはあまり好ましくない声が聞こえてきた。
「おい、占い師。この館にある鞭はこれで全部か」
「アシュリー捜査官……」
何故そんなことをわざわざ聞いてくるのかが分からない。サラは思い切り眉をひそめた。
「何故私に聞くんです?」
「何故ならお前が一番鞭に打たれていたからだ」
「何故そんなことが分かるんですか? まるで見ていたみたいに」
「お前のように鈍臭い奴が一番鞭に打たれているのはどこも同じだ」
「言っておきますけど、あの事件以来私は一番最奥の占い部屋に移ったんです」
「それがどうした」
「一番売れっ子占い師ってこと!」
サラはむくれて腕を組むとフンと顎を反らせた。
この男と話していると、サラはどんどん仮面を剥がされていくような気がする。
占い師として大人びて見えるよう常に気をつけているというのに、アシュリーはサラの神経を逆撫でするようなことばかり言ってくる。
からかわれていると分かっても腹が立つのだから仕方ない。
「お前が売れっ子だって? ははっ、道理で門前雀羅を張ったように静かなわけだ」
「今はちょうど昼の休憩時間で、……そんなことよりさっさと鞭を回収してお帰りください」
「いや、今から俺は昼休みだ。一緒に飯を食いに行くぞ」
「おひとりで行ってください」
「まぁ、そんな冷たいことを言うな、売れっ子占い師」
アシュリーはサラの肩に腕を回すと、容赦なく引っ張っていく。
「あら〜、サラちゃん行ってらっしゃ〜い」
フィは何やら含み笑いでサラを見送っていた。傍から見れば可愛いサラにちょっかいを出さずにはいられないといった体のアシュリーに、皆生暖かい視線を送るばかりだ。
サラは強引なこの捜査官が苦手だった。しばらく前に起きたサルマンホテルでの連続窃盗事件で、サラは占いで犯人逮捕に一役買った。
その時、事件の操作を担当したのがアシュリー捜査官だった。アシュリーは当初サラを疑っており、それこそサラの髪の毛一本一本に至るまで全てを調べあげようとした。
結果的にサラは潔白が証明された上に、その占いの力が本物であると認められたようなものだった。
最奥の占い部屋に移れたのはアシュリーのおかげと言えなくもない。
アシュリーに連れられて、昼食時で賑わう食堂街を歩く。赤い髪色で背の高いアシュリーは通り中で目立っている。よくこの辺りを訪れることもあってあちこちから親しげに声が掛けられると、アシュリーも手を上げて返事を返す。
「よく来るんですね、この辺り」
「まぁ、巡回コースさ。お、今日はここにしよう」
アシュリーが選んだのは冷麺を売る店だった。確かに夏に差し掛かって今日は一際暑い。
アシュリーはさっさと注文を済ませ、日陰に設えられた席に着く。この辺りの店はサルマンホテルにあるような高級レストランとは違って、どこも店先の軒下か、店と店の間に共同の飲食スペースがあるだけだ。
殺風景な下町の通りの中、のんびりと塀の上で寝そべる猫と、奇術ショーの練習がてら小銭を稼ぐ見習いの子たちの姿が目を楽しませてくれる。
「最近は貴族の客を相手にしてるんだって?」
「まぁ」
「お前さ、占い師としての力はあると思うよ。だけどあそこで働くより貴族の屋敷でメイドとかする方がいいんじゃないか? なんなら俺が紹介してやってもいいぞ」
「こんな身元不明の女を雇ってくれるお貴族様なんていませんよ」
「いや、今メイドを探してる家があってさぁ、お前にどうかと思うんだ。身元の保証は俺がしてやるよ」
「……ちなみにお給金は」
「今の倍は稼げるはずだ」
「私の知ってる家ですか?」
「行けばわかる。何ならこの後見に行くか?」
アシュリーに借りを作りたくはない。けれどお金は稼ぎたい。サラは迷った。
「見に行くだけ……」
「よし、決まりだ」
ちょうど運ばれてきた冷麺は冷たくて喉越しがよく、あっという間に二人のお腹に収まった。