「血の礼にお前の望む場所へ連れていってやろう」

吸血鬼はエレインを横抱きにしたまま、元いた部屋まで戻ると柩の中へエレインを横たえようとした。

エレインは力なく嫌々をするように首を振ってサラに助けを求めた。

サラはグレンに吸血鬼の意図を尋ねるが、グレンにも御先祖様が何をしようとしているのか理解できなかった。

「伯爵様……、エレインをどうするおつもりですか」

サラは一歩前に進み出て吸血鬼に問いかけた。いくらエレインのしたことを許せないとしても、このまま放っておくことはできなかった。

「占い師か。この者が望む世界は今の世にはまだなかろう。その時が来るまで共に待つ」

エレインははっとしたように吸血鬼を見上げ、やがてゆっくりと目を閉じた。

気を失ったのか、さっきまでサラの方へと伸ばされていた腕はだらりと下に下がっていた。

一つ目の部屋に戻れば癒しの箱がある。それがあればエレインを救えるだろう。サラはエレインがどちらを望んでいるのか分からなかった。けれど、

「お待ちください。エレインの力が必要なんです。エレインをお返しください」

気が付けばそう叫んでいた。

何故眠っているだけで望む世界が訪れると思うのだろう。自分の望む世界にしたいのなら、自分で行動するしかない。

エレインもきっとそうしたいはずだ。たとえ今はやり方を間違えていたとしても、エレインが何を望んでいたのか本当のところは本人に聞かなければ分からない。

吸血鬼は黙ってサラを見つめていたが、一度目を閉じ何かを考えると、今度はグレンに目を向け言った。

「お前が当代の領主だね。何故私を目覚めさせた? この者を連れて行かせるためではないのか」

「違います。今、上の部屋に二つの世界を結ぶ扉が開いています。そこから魔物たちがこちらへ押し寄せているのです。このままではこの街は混乱に陥ってしまう。どうかお力を貸してください」

「魔女の作った世界か……」

吸血鬼は遠くを見るように目を細め、少しの間何かを考えていた。

やがてエレインの体を長椅子の上に横たえると、サラに向き直った。

「占い師、君も魔女なら彼らを率いていけるだろう」

そう言って壁を指さす。その先には一枚の大きな絵が飾られていた。

真っ赤な夕焼け空の下、中央に立つ赤いドレスの女性の傍らには灰色の狼、腕には黒猫を抱き、その肩に蝙蝠が舞い降りようとしている。迫力のある見事な油絵だった。

「グレン、これは?」

「その昔、世界を救ったという救世の女神の絵だよ」

二人が絵から目を戻した時、そこに吸血鬼の姿はもうなかった。