そのネコの形をしたロボットは時空のはざまに落っこちて、土の中に埋まってしまった。そのロボットは金属にクロムメッキを施すという単機能を持つ。
 それから幾星霜。それを掘り出したのは鉱山で働く鉱夫だった。

◇◇◇

 廊下を走るバタバタとした音がする。
 ようやくの春の陽がほかほかと欄干を照らし、窓先の膨らみ始めた梅を眺めながら茶を嗜んでいたところだったから、その騒動は甚だ興醒めなものだった。

 私は2代皇帝胡亥(こがい)陛下のご命令で驪山(りざん)に前帝の墓碑の建造する任についている。前帝の偉業を讃えるため、そして前帝の死後の不吉を祓うため、軍とも言える数の兵士の人形を安置することになった。実際の兵士の風貌を写して創るという魂の入れようで、煩雑な手続きも多く私の赴任もずいぶん長くなっている。

 墓を建てるには、そして人型を作るには土を掘らねばならない。それに関して最近妙な話が現場から舞い込んだ。鉱夫が変なものを掘り出したという。変なものと言ってもそういう話はままあって、見てみると古い武具だの装飾品だので、確かに学のない鉱夫は見たことはないかもしれないが手にとれば、なんだ、と思うものばかりだった。

 ところがその飛び込んできた官吏の持ち込んだものを見て私は認識を改めた。
 それは見たこともないような素材でできていたのだ。白くつるつるとしている。このような金属は見たことがない。玉かと思って持ち上げてみると石のようには重くない。耳を当てると中から妙な音もする。心音? 生きている? けれども動かない。形は猫に似ているが、妙に手足が短く頭が大きく丸っこい。

「珍しいもののようだから中央に送ってしまえ」
「それはやめた方が良いでしょう」
「何故だ」

 副官は奇妙なことを述べた。この猫は金属を近くに寄せるとメッキをするという。試しにちょうど隣で桃を切っていた下働きに青銅のナイフを近づけさせると、驚いたことにその猫は『にゃあ』という音を上げて動き出した。すわ、もののけの類かと思い、私は思わず机から飛び離れた。
 猫はなめらかに動き、机に放置されたナイフに近づき取り上げ、でろりと何かの液体をナイフに吐き出し始める。驚いて見ているとナイフが銀に染められ、猫はそれを机の上に置いて下がりまた動かなくなった。

 すっかり腰が引けた私は副官が言ったことを思い出す。現在の政情は千々に乱れて反乱続き。わけのわからないものを送れば反意ありと勘ぐられるかもしれない。それはまずい。見なかったことにしよう。だが危険性だけは把握しないと。
 俺は副官にそれの調査を任せて放置した。

◇◇◇

 俺はここで兵装の担当をしている。暑苦しく男臭い部署だ。
 この墓に埋める兵士の武具を作るのが仕事だが、最近青銅器の値段が高騰してる。まあこんだけ買いあさってりゃ高くなるのも仕方ねぇわな。それからメッキにすげぇ金がかかる。墓に埋めてずっと放置するわけだから青銅器が錆びないようにしないといけない。原材料費で予算が傾く。要するに金に滅茶苦茶困ってた。
 昔スキタイから伝わったこのメッキという技術は水銀を使って青銅に金を張る。金といっても水銀に溶かすから銀色になるんだ。だから金が滅すると書いて滅金っていうんだよ。水銀に金。つまりメッキには膨大な金がかかるし水銀は危険だ。

 そこに転がり込んできたのがこの猫ちゃんだ。刃を近づけるとメッキ屋が驚くほどになめらかにメッキを施してくれる。水銀も金もいりやしねぇ。何か色味が違うがいつものメッキよりツヤツヤしてるから文句も言われねぇ。まさに神様だ。これは俺とメッキ屋連中の間の秘密だ。メッキは危険だから工房に他人が入れないようにしてるからバレねぇ。この猫はめっきねこ様と崇められて墓が完成するまで働いてもらった。浮いた予算は酒になった。

◇◇◇

 1976年、兵馬俑の発掘が開始された。
 切っ掛けは農夫が井戸を掘ろうとして陶器の欠片を見つけたことだ。
 その始皇帝の墳墓は広大で8000体もの兵士の俑、つまり陶器の人形が発見された。そして、あまり知られていないことだがその兵士たちが所持していた武具は青銅製にもかかわらず錆びてはいなかった。そしてその中の一部の武具からはクロムが検出された。クロムメッキが開発されたのは20世紀に入ってからだ。兵馬俑が建てられたのは古代中国。技術的にありえないとしてオーパーツ(out-of-place artifacts)、場違いな工芸品と騒がれた。

 めっきねこは未だ見つかっていない。ひょっとするとまた時空のはざまに落っこちてしまったのかもしれない。