「最優秀賞、おめでとうございます!」
 先生のひとことは、僕を崖から突き落とすには十分だった。

 ……いや、違う。
 僕はもともと、崖の下の人間だったんだ。
 それが、はっきりしただけ。

「すごいね! おめでとう!」
 休み時間、君の机の周りに人だかりができた。
 華奢な手のひらを頰に当てて、恥ずかしそうに微笑む君。
 長い前髪の下で、混じり気のない瞳が控えめに輝く。

 幼稚園の頃から、僕らはいつだって一緒だった。
 二人とも体を動かす遊びは苦手で、いつも絵を描いていた。
 あるときは、ベランダの草花を。
 あるときは、園庭の遊具を。
 あるときは、お互いの似顔絵を。

 二人でおしゃべりしながら、夢中でクレヨンを動かす毎日。
 君と絵を描く時間が、何よりも好きだった。
 君の隣で過ごす日々が、永遠に続いてほしかった。

 でも、そのときは突然訪れた。

 小学一年生の時、夏休みの宿題として出された読書感想画。
 君の作品が、県で最優秀賞に選ばれた。
 僕が夏休みの大半を費やして描いた絵は、誰にも見向きもされなかった。

 教室の後ろに飾られた君の作品が、僕に現実を突きつける。
 水彩絵の具を使い始めて半年足らずとは思えない繊細な色遣いで、課題図書の幻想的な世界観を完璧に表現した君の絵。
 青に緑に紫に、みずみずしく彩られた四つ切り画用紙を見て、僕は悟る。

 君の隣に自分がいるというのは、僕の勝手な思い込みだったんだ。
 崖の下から、どうやったって手の届かない君を見上げているだけの、ちっぽけな存在。
 それが、僕のほんとうの姿。

「みなさんも見習って、自分の好きなことにどんどんチャレンジしましょう」
 先生は、君の名前を挙げて、クラスのみんなの前でそう言った。

 その言葉を聞いて、当時七歳の僕は理解した。
 「好きなこと」を口にするためには資格が必要だということを。
 「絵が好き」だと口にしていいのは、ある一定以上の能力を持った人間だけ。

 だから、十三歳になった今、毎日のように色鉛筆とスケッチブックを持ち歩いているからといって、絵を描くのが「好き」だとか、「趣味」だなんて言うつもりはない。
 これは、ただの暇つぶし。
 部活の練習をずる休みする間、時間を過ごす必要があるだけ。