「礼しないと、またあんたに会いに来ると思う」
それはそれで困る。
こうして病院の前で、また待ち伏せするということでしょ?
本当にお礼なんていらないのに。律儀な男は借りを返さないといけないようで。
「お礼って·····、思いつきません」
「じゃあまた明日、ここで待ってるから。そん時に教えて欲しい」
本気で言ってるの?
また明日会いに来る?
私にお礼が出来るまで·····。
「なんでもいいんですか?」
「なんでも」
「じゃあ、すぐそこのコンビニでお茶を買ってくれますか?」
「お茶?」
「はい、今すごく喉がかわいてて·····、いいですか?」
藤原和臣という男は、「あんたがそれでいいなら」と、少し笑って足を進めた。
ほとんど見ず知らずの人とコンビニへ行くなんて初めての事だった。
松葉杖を上手に使い、道を歩く男。
男の人だから、こうやって松葉杖を使う筋力もあるのかなって歩きながら思った。
冷たい爽健美茶を買ってもらい、私はそれを両手で受け取った。実は病院に走ってきて、病院を出るまで水一滴も飲んでなかったから本当に喉が乾いていて。
「ありがとうございます」
「いや·····」
傘の中に入れたお礼のお茶。
お礼を受け取った事は、これで最後。
「あの·····、帰りますね。足、お大事にしてください」
私は軽めに頭を下げた。
「あのさ」
近くから聞こえる男の声。
ゆっくり首を傾けながら、男の顔を見た。綺麗な髪。綺麗な漆黒の瞳。綺麗な鼻筋·····。
頭の良さそうな顔立ちをしているのに、耳には銀色の輪っかのピアス。
「また会いたい」
「え?」
「また会ってくんねぇかな」
お礼が終わったのに?
どうして?
「それはちょっと·····」
「5分だけでも、1分だけでもいい。会えねぇかな」
そう言われて、本気で戸惑う。
会いたいってどうして?
5分だけでも?
5分で何をするっていうんだろう?
「どうして·····?」
「別に毎日じゃなくて·····、あんたの都合のいい時間ならいつでもいい」
都合のいい時間?
そんな時間、侑李が大切な私には無くて。
「ごめんなさい·····、私もう帰らなくちゃ」
「密葉」
「お茶、ありがとうございました」
もう1度頭を下げ、早くこの場を去ろうと足を進める。
「待ってくれ」
けど、松葉杖を持っている方ではない手が、私の二の腕を軽く掴んできて。
男の漆黒の目に引き寄せられそうになった私は、戸惑って顔を下に向けた。
よく分からないこの状況。
男の顔がある位置から、落ち着くために出すようなため息が聞こえた。
「··········一目惚れなんだ」
え··········?
なに?
ゆっくりと、顔をあげる。
「あんたを好きだと思った」
突然の告白。
「だから、また会いたい」
嘘をついているとは思えないほど真剣な顔で言われ、ありえない程今の状況にパニックになる。
この前も告白された。
でも、今は状況が違いすぎる。
「あの·····」
「付き合ってくれとか、そう言ってるんじゃない。またこうやって会いてぇって思う」
「·····、こ、まります」
「毎日病院に通ってるのか?」
「··········」
「なら、毎日会いに行く。別に無視してくれていいから。顔合わせるだけでいい」
「やめて·····」
「あんたが嫌だって言っても、会いに行く。それぐらいあんたが好きなんだよ」
昨日あっただけなのに?
「ほんとに困ります·····」
困る。
ほんとこの一言につきる。
断っても、この人は毎日会いに来ると言う。
本当にそれは困る·····。
「藤原さん·····」
「呼び捨てでいい、フジ··········、和臣でいいから」
フジ·····から、下の名前を言い直した男は、「じゃあまた明日、今日んとこで待ってる」なんて、本当に困ることを簡単に言ってのける。
「私、誰とも付き合う気はありません·····」
「んなの分かんねぇだろ?」
「ほんとに困る·····」
「男いんの?」
「··········」
いないけど。
私には侑李がいるから、絶対に彼氏は作らない。
そう決めてるの。
「いねぇなら、いいだろ?」
強引すぎる。
「·····どうして私を?」
「俺にもよく分かんねえ、けど、密葉の事は好きだから」
「··········本当に·····、付き合えません·····。来ないでください」
「密葉」
「お茶、大切に飲みますね」
私は走った。
松葉杖を持つ男が、追いつけないほど。
男は当然だけど、私を追ってはいなかった。
ハアハアと、今日はよく走るな·····って、家の玄関でどうでもいい事を考えていて。
「密葉あ、これうめぇぞ。チョコのラスク」
リビングから、お母さん達のお土産を食べているらしい兄の声が聞こえた。
突然の告白。
昨日会ったばかりの人からの、告白は、すごく私を戸惑わせた。
一目惚れなんだ·····。
「密葉?なんだ、まだ体調わりぃのか?」
玄関で立ったままの私に、お兄ちゃんはリビングから顔を覗かせて言う。
「なんでもない·····汗かいたからお風呂入るね」
忘れよう。
今日のことは。
私は絶対に、この日常を変えないのだから。
変えてはいけないのだから。
私は絶対に、侑李から離れちゃいけない·····。
戻れなくなる前に、今日のことは忘れよう。
昨日、待っていると言った男は、病院の前にいなかった。
待っていない安心の他に、やっぱり冗談だったのかもという気持ちが、少しだけあった。
昨日発作が出て、呼吸器がつけられていた侑李。だけど今日は呼吸器が外されていて、何かの絵を書いていた。
笑顔で「お姉ちゃん」という侑李は、可愛い·····。
一緒に絵を書いたり、学校へ行けない侑李に少し勉強を教えたり、侑李の晩御飯を食べているのを見てるうちに、あっという間に面会時間が終わる。
今日の晩御飯は何を作ろうかと考えながら、病院を出る。
けど、私が足を止めたのは、昨日と同じところに松葉杖の男がいたから。
「待ってるっていっただろ」
驚いて、呆然としている私に藤原という男は言う。
待ってるって·····、また松葉杖で?立ったまま?
「·····足は大丈夫なんですか?」
「別に、もうほとんど治ってるし」
とは言っても、片足で長時間立ちっぱしというのは、逆に丈夫な足を痛めてしまうのでは·····。
「じゃあ、また」
「え?」
「顔見たかっただけだから」
そう言われて、また驚く。
待つだけ待って、あっさりと帰っていく男に。
でも、これはこれで私が引き止めるのはおかしい気がして。
「·····明日も待つ気ですか?」
ポツリと呟く私に、男は振り向く。
「そのつもり」
「あの、ほんとやめてください·····、足だって完治してるわけじゃないでしょう?」
「だからもうほとんど治ってるから」
「そうだとしても·····、困ります·····」
「··········」
「待たないでください」
「··········」
「お願いします·····」
「待たねぇから、俺と付き合ってくれる?」
唖然とする。
よく分からないことばっか言う男に。
こんなにも断っているのに、話が通じない。
「·····藤原さん·····」
「和臣な」
「·····」
「下で呼んでくれたら、明日は来ねぇって約束する」
明日は?
じゃあ明後日は?
来るつもりなの?
「·····やめてください·····」
「じゃあ明日も来るから」
「··········」
それをやめてって言ってるのに。
傘を、ささなきゃ良かった?
こうなることなら。
ううん、こうなるって分かってても私は傘をさしていた。助けない·····ってことはしなかった。
「8時·····過ぎに帰りますから·····」
「8時?」
「だからずっと待たないで。足を大事にしてください」
もう無駄だと思った。
やめてと何回言っても、この人は来る。
ならばせめて·····。
「大事にするから、そこのコンビニまで一緒に歩くってのは無理?帰り道だろ?」
無理と言っても、この人は強引に歩くだろうと思った。
「コンビニまでだから·····」
男は嬉しそうに、ちいさく笑った。
昨日お茶を買ってもらったコンビニで、藤原という男と別れた。「また明日」という男の言葉と共に。
ということは、また明日待っているということ。
次の日も、男は病院を出たすぐの所に松葉杖で立っていた。私を見つけると、松葉杖を持っていない方の手を上げ、こっちに近づいてくる。
「··········藤原さん·····」
「だから和臣な」
硬派な顔つきの男。
正直、これってストーカーの部類に入るんじゃないかって思った。だけどそう思わないのは、この男の雰囲気のせいなのかもしれない。
どちらかと言うと、かっこいい顔つきの藤原。
コンビニまでの道のりは、2分ほど。
その道のりで、男は何かと話しかけてくる。
彼は私より1つ上の学年らしく、お兄ちゃんと同い年だった。「敬語じゃなくていい」という藤原という男に、私は従わなかった。
その日の2分間は、ずっと敬語で返事をした。
この人との壁は、きちんと作らなきゃといけないと思ったから。
それから1週間、土日も彼は病院で待っていた。この前の熱と発作のせいで、侑李の外出許可は中止になり、いつも通りのお見舞いになった。
「密葉」
今日もいる。
本当に待つことをやめない。
私の事を好きで、強引すぎる男。
「·····ギプス」
「 ああ、今日とれた。けど、まだ松葉杖」
「リハビリしてるんですか?」
「うん、明日からな」
まずいと思った。こうして普通に喋ってることが。
まずいと思った。こうして待っていることが当たり前になってきているということが。
たった2分の距離なのに··········。
「明日·····」
「ん?」
「明日も来るんですか?」
「そのつもりだけど」
「明日はやめた方が·····」
「なんで?」
「雨だから·····」
本気でまずいと思った。
「ああ、考えてなかったな、雨か·····」
「もし転んで怪我でもすれば·····」
「心配してくれてんの?」
「そりゃ·····しない方が·····おかしいですから·····」
本当に、まずい·····。
このままじゃダメだ。
当たり前に、なってしまう··········。
次の日、やっぱり朝から大雨だった。
時々パラつく雨に変わるけど、止む気配は無くて。
「お姉ちゃん?」
もうすぐ8時。
まさか、待ってたりしないよね?
「お姉ちゃん?」
この雨の中?松葉杖で?
「おーい」
傘をさせば、転ぶかもしれないのに?
「お姉ちゃん!!!」
侑李の声でハッとした私は、雨が降る窓から侑李の顔へと視線を移した。
「あ·····ごめんね」
「ぼーっとしてたよ?大丈夫?」
「うん、雨ふりすぎーって思ってた」
「ほんとだね」
本気で、戸惑う。
ダメだ、このままじゃ、ダメだ。
当たり前になってしまえば、戻れなくなる。
目の前に侑李がいるっていうのに、もしかしたら雨の中傘をさして歩いて来てるんじゃないかって思ったら、心配している自分がいて。
もし、このままこの状態が続けば?
もっと関わりが深くなっていけば?
侑李は··········?
ダメだ。
ダメだ。
戻れなくなってしまう。
戻さなきゃ、前の私に。
侑李だけを思う私に。
それはそれで困る。
こうして病院の前で、また待ち伏せするということでしょ?
本当にお礼なんていらないのに。律儀な男は借りを返さないといけないようで。
「お礼って·····、思いつきません」
「じゃあまた明日、ここで待ってるから。そん時に教えて欲しい」
本気で言ってるの?
また明日会いに来る?
私にお礼が出来るまで·····。
「なんでもいいんですか?」
「なんでも」
「じゃあ、すぐそこのコンビニでお茶を買ってくれますか?」
「お茶?」
「はい、今すごく喉がかわいてて·····、いいですか?」
藤原和臣という男は、「あんたがそれでいいなら」と、少し笑って足を進めた。
ほとんど見ず知らずの人とコンビニへ行くなんて初めての事だった。
松葉杖を上手に使い、道を歩く男。
男の人だから、こうやって松葉杖を使う筋力もあるのかなって歩きながら思った。
冷たい爽健美茶を買ってもらい、私はそれを両手で受け取った。実は病院に走ってきて、病院を出るまで水一滴も飲んでなかったから本当に喉が乾いていて。
「ありがとうございます」
「いや·····」
傘の中に入れたお礼のお茶。
お礼を受け取った事は、これで最後。
「あの·····、帰りますね。足、お大事にしてください」
私は軽めに頭を下げた。
「あのさ」
近くから聞こえる男の声。
ゆっくり首を傾けながら、男の顔を見た。綺麗な髪。綺麗な漆黒の瞳。綺麗な鼻筋·····。
頭の良さそうな顔立ちをしているのに、耳には銀色の輪っかのピアス。
「また会いたい」
「え?」
「また会ってくんねぇかな」
お礼が終わったのに?
どうして?
「それはちょっと·····」
「5分だけでも、1分だけでもいい。会えねぇかな」
そう言われて、本気で戸惑う。
会いたいってどうして?
5分だけでも?
5分で何をするっていうんだろう?
「どうして·····?」
「別に毎日じゃなくて·····、あんたの都合のいい時間ならいつでもいい」
都合のいい時間?
そんな時間、侑李が大切な私には無くて。
「ごめんなさい·····、私もう帰らなくちゃ」
「密葉」
「お茶、ありがとうございました」
もう1度頭を下げ、早くこの場を去ろうと足を進める。
「待ってくれ」
けど、松葉杖を持っている方ではない手が、私の二の腕を軽く掴んできて。
男の漆黒の目に引き寄せられそうになった私は、戸惑って顔を下に向けた。
よく分からないこの状況。
男の顔がある位置から、落ち着くために出すようなため息が聞こえた。
「··········一目惚れなんだ」
え··········?
なに?
ゆっくりと、顔をあげる。
「あんたを好きだと思った」
突然の告白。
「だから、また会いたい」
嘘をついているとは思えないほど真剣な顔で言われ、ありえない程今の状況にパニックになる。
この前も告白された。
でも、今は状況が違いすぎる。
「あの·····」
「付き合ってくれとか、そう言ってるんじゃない。またこうやって会いてぇって思う」
「·····、こ、まります」
「毎日病院に通ってるのか?」
「··········」
「なら、毎日会いに行く。別に無視してくれていいから。顔合わせるだけでいい」
「やめて·····」
「あんたが嫌だって言っても、会いに行く。それぐらいあんたが好きなんだよ」
昨日あっただけなのに?
「ほんとに困ります·····」
困る。
ほんとこの一言につきる。
断っても、この人は毎日会いに来ると言う。
本当にそれは困る·····。
「藤原さん·····」
「呼び捨てでいい、フジ··········、和臣でいいから」
フジ·····から、下の名前を言い直した男は、「じゃあまた明日、今日んとこで待ってる」なんて、本当に困ることを簡単に言ってのける。
「私、誰とも付き合う気はありません·····」
「んなの分かんねぇだろ?」
「ほんとに困る·····」
「男いんの?」
「··········」
いないけど。
私には侑李がいるから、絶対に彼氏は作らない。
そう決めてるの。
「いねぇなら、いいだろ?」
強引すぎる。
「·····どうして私を?」
「俺にもよく分かんねえ、けど、密葉の事は好きだから」
「··········本当に·····、付き合えません·····。来ないでください」
「密葉」
「お茶、大切に飲みますね」
私は走った。
松葉杖を持つ男が、追いつけないほど。
男は当然だけど、私を追ってはいなかった。
ハアハアと、今日はよく走るな·····って、家の玄関でどうでもいい事を考えていて。
「密葉あ、これうめぇぞ。チョコのラスク」
リビングから、お母さん達のお土産を食べているらしい兄の声が聞こえた。
突然の告白。
昨日会ったばかりの人からの、告白は、すごく私を戸惑わせた。
一目惚れなんだ·····。
「密葉?なんだ、まだ体調わりぃのか?」
玄関で立ったままの私に、お兄ちゃんはリビングから顔を覗かせて言う。
「なんでもない·····汗かいたからお風呂入るね」
忘れよう。
今日のことは。
私は絶対に、この日常を変えないのだから。
変えてはいけないのだから。
私は絶対に、侑李から離れちゃいけない·····。
戻れなくなる前に、今日のことは忘れよう。
昨日、待っていると言った男は、病院の前にいなかった。
待っていない安心の他に、やっぱり冗談だったのかもという気持ちが、少しだけあった。
昨日発作が出て、呼吸器がつけられていた侑李。だけど今日は呼吸器が外されていて、何かの絵を書いていた。
笑顔で「お姉ちゃん」という侑李は、可愛い·····。
一緒に絵を書いたり、学校へ行けない侑李に少し勉強を教えたり、侑李の晩御飯を食べているのを見てるうちに、あっという間に面会時間が終わる。
今日の晩御飯は何を作ろうかと考えながら、病院を出る。
けど、私が足を止めたのは、昨日と同じところに松葉杖の男がいたから。
「待ってるっていっただろ」
驚いて、呆然としている私に藤原という男は言う。
待ってるって·····、また松葉杖で?立ったまま?
「·····足は大丈夫なんですか?」
「別に、もうほとんど治ってるし」
とは言っても、片足で長時間立ちっぱしというのは、逆に丈夫な足を痛めてしまうのでは·····。
「じゃあ、また」
「え?」
「顔見たかっただけだから」
そう言われて、また驚く。
待つだけ待って、あっさりと帰っていく男に。
でも、これはこれで私が引き止めるのはおかしい気がして。
「·····明日も待つ気ですか?」
ポツリと呟く私に、男は振り向く。
「そのつもり」
「あの、ほんとやめてください·····、足だって完治してるわけじゃないでしょう?」
「だからもうほとんど治ってるから」
「そうだとしても·····、困ります·····」
「··········」
「待たないでください」
「··········」
「お願いします·····」
「待たねぇから、俺と付き合ってくれる?」
唖然とする。
よく分からないことばっか言う男に。
こんなにも断っているのに、話が通じない。
「·····藤原さん·····」
「和臣な」
「·····」
「下で呼んでくれたら、明日は来ねぇって約束する」
明日は?
じゃあ明後日は?
来るつもりなの?
「·····やめてください·····」
「じゃあ明日も来るから」
「··········」
それをやめてって言ってるのに。
傘を、ささなきゃ良かった?
こうなることなら。
ううん、こうなるって分かってても私は傘をさしていた。助けない·····ってことはしなかった。
「8時·····過ぎに帰りますから·····」
「8時?」
「だからずっと待たないで。足を大事にしてください」
もう無駄だと思った。
やめてと何回言っても、この人は来る。
ならばせめて·····。
「大事にするから、そこのコンビニまで一緒に歩くってのは無理?帰り道だろ?」
無理と言っても、この人は強引に歩くだろうと思った。
「コンビニまでだから·····」
男は嬉しそうに、ちいさく笑った。
昨日お茶を買ってもらったコンビニで、藤原という男と別れた。「また明日」という男の言葉と共に。
ということは、また明日待っているということ。
次の日も、男は病院を出たすぐの所に松葉杖で立っていた。私を見つけると、松葉杖を持っていない方の手を上げ、こっちに近づいてくる。
「··········藤原さん·····」
「だから和臣な」
硬派な顔つきの男。
正直、これってストーカーの部類に入るんじゃないかって思った。だけどそう思わないのは、この男の雰囲気のせいなのかもしれない。
どちらかと言うと、かっこいい顔つきの藤原。
コンビニまでの道のりは、2分ほど。
その道のりで、男は何かと話しかけてくる。
彼は私より1つ上の学年らしく、お兄ちゃんと同い年だった。「敬語じゃなくていい」という藤原という男に、私は従わなかった。
その日の2分間は、ずっと敬語で返事をした。
この人との壁は、きちんと作らなきゃといけないと思ったから。
それから1週間、土日も彼は病院で待っていた。この前の熱と発作のせいで、侑李の外出許可は中止になり、いつも通りのお見舞いになった。
「密葉」
今日もいる。
本当に待つことをやめない。
私の事を好きで、強引すぎる男。
「·····ギプス」
「 ああ、今日とれた。けど、まだ松葉杖」
「リハビリしてるんですか?」
「うん、明日からな」
まずいと思った。こうして普通に喋ってることが。
まずいと思った。こうして待っていることが当たり前になってきているということが。
たった2分の距離なのに··········。
「明日·····」
「ん?」
「明日も来るんですか?」
「そのつもりだけど」
「明日はやめた方が·····」
「なんで?」
「雨だから·····」
本気でまずいと思った。
「ああ、考えてなかったな、雨か·····」
「もし転んで怪我でもすれば·····」
「心配してくれてんの?」
「そりゃ·····しない方が·····おかしいですから·····」
本当に、まずい·····。
このままじゃダメだ。
当たり前に、なってしまう··········。
次の日、やっぱり朝から大雨だった。
時々パラつく雨に変わるけど、止む気配は無くて。
「お姉ちゃん?」
もうすぐ8時。
まさか、待ってたりしないよね?
「お姉ちゃん?」
この雨の中?松葉杖で?
「おーい」
傘をさせば、転ぶかもしれないのに?
「お姉ちゃん!!!」
侑李の声でハッとした私は、雨が降る窓から侑李の顔へと視線を移した。
「あ·····ごめんね」
「ぼーっとしてたよ?大丈夫?」
「うん、雨ふりすぎーって思ってた」
「ほんとだね」
本気で、戸惑う。
ダメだ、このままじゃ、ダメだ。
当たり前になってしまえば、戻れなくなる。
目の前に侑李がいるっていうのに、もしかしたら雨の中傘をさして歩いて来てるんじゃないかって思ったら、心配している自分がいて。
もし、このままこの状態が続けば?
もっと関わりが深くなっていけば?
侑李は··········?
ダメだ。
ダメだ。
戻れなくなってしまう。
戻さなきゃ、前の私に。
侑李だけを思う私に。