「··········和臣」

「ん?」

「我儘言ってもいい?」

「いいよ」

当たり前のように即答する和臣。
どこまで私の事を好きなんだろうと、心の中で笑った。


「朝まで一緒にいたい」

「え?」

「私もしたい。大好きな和臣と、今日は一緒にいたい····。朝まで····、ダメかな?」

「··········今日って、今からってことだよな?」


私がこんな事を言うなんて思わなかったのか、少し戸惑って驚いた声を出す。


「そうだよ」

そんな和臣がおかしくて笑う。


「密葉·····、門限とか·····」

「ないよ、そんなのない·····」

「··········大和は?心配しねぇ?」

「電話すれば大丈夫だよ、それに、一緒にいるのは和臣なんだから、心配しないよ」


むしろ、安心するんじゃないだろうか?

兄は和臣を、すごく信頼しているから。


「マジで今日はなんの日だよ·····」


項垂れる和臣は、私を見つめると、再びキスをしてきて。


「今更イヤとか言っても無駄だからな」


キスをやめた和臣は私の手をひき、バイクの方へと歩き出した。

一緒にいたいと言っても、そういう行為をするって分かっているのだから、どちらの家にも行けず。


ついた場所はラブホ街にあるひとつのラブホテルで。ラブホテルというのは、私の中で汚い古びたホテルっていうイメージが強かった。

けれどもとても綺麗に片付けられていて、全然そういう事は思わず。
どちらかというと、小さいオシャレなワンルームマンションって感じだった。


「密葉、先にシャワー浴びてこいよ」

そう言われ、私はシャワーを浴びに行った。
風呂の近くにバスローブがあり、風呂から上がったあと着ようと手にとった。

シャワーをあびたあと、「俺も入ってくる。泊まるって大和に連絡しときな」と、私の頭を撫でてきた大好きな人。

言われた通りに兄に電話をすれば、「了解」との事だった。
和臣を信頼している兄は、何も言うことはないのだろう。

事務所で和臣に貰ったお茶を1人がけのソファに座りテレビを見ながらのんでいると、シャワーから帰ってきた和臣が、「俺も頂戴」と、後ろから私の持つお茶を手に取った。


後ろを向けば和臣はバスローブ姿ではなく、バスタオルを腰に巻いてる姿だった。

いつも下ろしている前髪を全て上に上げオールバック状態にして。髪が濡れているからか、いつもと違う髪型だからか、上半身が濡れているからか、すごく雰囲気が違って。

魅力がありすぎる·····。



お茶をテーブルの上に置いた和臣は、ベットの方へと行き。色気を漂わせながら、私に「こいよ」と手を伸ばす。


私は言う通りにソファから立ち上がり、ベットに座る和臣の手を掴む。
和臣はそのまま私を真横に座らせると、「手はもう痛くねぇのか?」と、手を離し私の手のひらを見つめる。


「うん、痛くないよ」

瘡蓋になっていた傷口はもうすっかり塞がっているし、割れた爪も伸びてきて、家事をするのにも支障はなく。


「いつ行くんだ?」

引越しのこと言っているのだと、すぐに分かった。


「3月中には·····4月からの新しい学校に間に合わせないといけないし。侑李も早い方がいいから」

「·····そうか」


もう1ヶ月もないと思う。
普通だったら1ヶ月は長い期間だけど、私にしてはとても短くて。



「お兄ちゃんがここに残れって言うの」

「さっき電話で言ってたな」

「うん、和臣と離れない方がいいって」

「うん」

「でも私にとっては侑李も大事な存在だから。今日お母さん達に「行く」って言ったの」

「うん」

「そしたらお兄ちゃんが大反対」


あの後、お母さん達抱きしめられながら、私は「侑李と一緒に行くよ」と言った。
それを聞いた兄が、「今の話聞いてたなら分かるだろ!」と大きな声を出し。



「うん」

「それで私が、和臣はずっと私の事を想ってくれてるから大丈夫だよって言ったらお兄ちゃん黙っちゃって、大きな声出すのやめて、「·····分かった」って。それからもう反対しなくなった」

「そうか」

「和臣のこと、すごく信用してるんだなって思った」


私の言葉を聞いて、小さく笑った和臣は、「それは違うよ」と、少し私を引き寄せた。


「信用してくれてるってのも間違いではないけど」


和臣は反対の手で、私の膝元にふれ。



「今の密葉なら、大丈夫だと思ったから」

「え?」

私の膝下に手を置いた和臣は、そのまま上へと持ち上げ、私の足をベットの上へと乗せた。

体が傾き、私は上半身を和臣に預ける時ことになり、そのままスムーズな動きで私をベットの上へと沈ませた。


「密葉を信用したってことじゃねぇの?」


私を信用してくれた?
兄が?
もう私が侑李の世界に入ってないと?
2度と侑李の世界を創らないって思ってくれたってこと?

昔の私に戻ったから·····。
兄曰く、昔の笑顔が戻ったから·····。

それを理解して嬉しく笑うと、私を見下ろす和臣が優しく笑う。


「·····和臣って」

「なに?」

「前髪あげるとワルっぽく見えるね」


シャワーを浴びて髪がぬれ、前髪を後ろにあげているから。いつも前髪をおろしていたからか、眉が全体的に見えると、不思議とそう見えて。

黒石のピアスが目立つ。


「そうか?」

「うん、いつもと雰囲気違うから、ドキドキする」

「んなら、いつも上げとこうかな」

「普段しないの?」


「そうだな、あんましねぇな。横っつーか、流すことか多いな」

和臣は少し考えて、思い出しながら言う。


「じゃあ私だけね、和臣のこういうところ見るの」

私は和臣の頬へと手をのばし、できるだけ優しく包んだ。
稀に見る照れたような和臣の顔つきは、私の心をドキドキさせる·····。


「··········分かった、密葉だけな」


そのまま近づいてきて·····、和臣は優しく私にキスをしてきた。もう何度もしているキスなのに、シュチュエーションとか、雰囲気が違うと緊張してしまう·····。


「··········マジでいいのか?」

「うん」

「多分痛てぇと思う」

「いいよ」

「下手だったらごめんな?」

「いいよ」

「·····密葉」

「和臣なら、なんでもいいの」


心から思うことを正直に呟いた。
和臣ならなんでもいい。


私は体を重ねるなんてこと、初めてだから分からない。和臣の手の動きが、普通なのかも分からない。

ビクって体が動いてしまう感覚や、
こそばい感覚·····。
手のひらに傷をつけた時にあった痛みの感覚とは違い、不慣れな痛み·····。


けどそんな痛みさえ、「好きだよ」と優しく笑ってくれる和臣を見たら、どうでもいいと思えた。





習慣っていうのは凄いと思った。昨晩、何時に寝たのか分からないのに、いつもと違う時間に寝たのは間違いないけれど。
枕元に設置してある電子時計を見れば、05:56と、いつも起きる4分前の時間が映し出されていた。


隣を見れば、静かな吐息で眠っている和臣がいて。和臣を起こさないようにゆっくりとベットから出た。

違和感はあるけれど、それほど下半身には痛みはなく。すごく優しく抱いてくれた和臣を、思い出した。

裸で寝てしまったため、ベットの下に落ちていたバスローブを身につけた。


そのままお風呂場へと向かい、洗面台の前にたち、置かれている使い捨ての歯ブラシを使って歯を磨いたり、顔を洗って·····。


そういえば今日は月曜日·····。
和臣も学校があるはずだら起こさなくてはと、ベットルームの方へと向かい。

その前にお茶を·····と、缶のお茶はもう無くなっていたため、部屋にある冷蔵庫のお茶のペットボトルを冷蔵庫から取り出した。



「密葉·····?」

お茶を飲んでいたその時、和臣が私の名前を呼んだ。


「おはよう、起きた?」

「·····うん」


まだ寝起きらしく、眠たそうにしている和臣は、「·····俺も頂戴」と手をのばす。

お茶のことだと思い、ペットボトルを渡した。


「そろそろ起きないと遅刻するよ?」

「·····今何時?」

「6時ちょっと過ぎたとこ」


和臣は眠たそうにお茶をのみ、キャップを閉めて、また私に渡そうとしてきて。
受け取ろうと手を伸ばした時、和臣の反対の手が私の手首をつかむ。

え?と思った時には、ベットの中に引きずり込まれていて。


まだ中身が入っているペットボトルが、床に落ちる音が聞こえた。


「·····いつも何時に行ってんの?学校」

私の首筋に顔を埋めながら、聞いてくる。


「え?えっと·····、8時過ぎかな?いつも7時20分ぐらいには家を出てるから·····」

「分かった」


なにが分かったのか理解できないけど、私のバスローブに手をかける和臣の手に戸惑う。

まさかと思って、咄嗟に抵抗した。


「ちょ、ちょっと待って·····」

「·····送るから。7時に出れば間に合うだろ」


送るとはバイクでってこと·····。
間に合うと言われても、一旦家に帰って制服を取りに行かないと·····。7時に出て間に合うの?
そう思ってるうちに、和臣から唇を塞がれる。



「·····だから歯止めが効かねぇって言ったんだ」


自分自身に呆れたように呟いた和臣は、昨晩と同様優しく私を抱いた。

昨晩で体が慣れたのか、少し不慣れな感覚は無くなり、和臣が上手なのか優しすぎるのか分からないけど、昨晩ほどの痛みは無かった。