「ばいばい、また明日」爽やかな笑顔で言った山本くんは、その場を離れる私にずっと手を振ってくれた。
毎日通っている場所がある。
学校から家へ帰る、ちょうど真ん中ぐらいの位置。
広い敷地内に建っている、大きな白い建物。
名前は‘南総合病院’
病院に入り、エレベーターに乗り込み慣れた手つきで5階のボタンを押す。
アンコールが漂う匂いにも、すっかり慣れた。
「こんにちは」
白衣の天使。
5階につき、看護士に挨拶をすれば、いつもの様に「こんにちは」と笑顔で返してくれる。
小児科病棟 503号室
山崎 侑李様
扉を開ければ、「お姉ちゃん!!」と、可愛い笑顔を向けてくれる私の大事な弟·····。
まだ小学生の、可愛い可愛い弟。
「ごめんね、遅くなったね」
「待ってたよお」
侑李は読んでいたであろう本をベットに固定してある机の上に置き、ニコニコと笑顔を向けてくれる。
そうすれば、私も自然と笑顔になる。
「体調は?」
「大丈夫!」
「本当に?」
「本当だよ!ご飯も全部食べたよ」
確かに顔色が良かった。
発作の時とは比べものにならないぐらい、可愛い顔をしている。
まるで子犬のように懐っこい侑李は、生まれながらに心臓が悪い。
ずっと入退院を繰り返している侑李の体は小さく、小学校の低学年に見えるほどだった。
「すごいね、野菜も食べたの?」
「うん、食べないと怒られるもん·····」
シュンとする侑李は本当に可愛いくて、本当に愛おしい私の大事な弟。
「今度の日曜日、お母さん達帰ってくるって」
「本当!?」
パァーっと、キラキラ目を輝かせる侑李。
「本当」
「あっ、今日お兄ちゃん来たんだよ!」
「そうなの?」
「うん、来たぞーって」
「また髪明るくなってたでしょ?」
「うん!僕も金色にしたいなあ」
侑李の願いは、全部叶えてあげたいと思う。
だってもう、侑李がいついなくなるか分からないから。
いつ、侑李とこうして会話が出来なくなるか分からないから。
だから私は毎日侑李に会いに来る。
両親に変わって。
仕事で家に帰って来れない、両親に変わって。
「今度の日曜日、お母さん達帰ってくるって」
「本当!?」
パァーっと、キラキラ目を輝かせる侑李。
「本当」
「あっ、今日お兄ちゃん来たんだよ!」
「そうなの?」
「うん、来たぞーって」
「また髪明るくなってたでしょ?」
「うん!僕も金色にしたいなあ」
侑李の願いは、全部叶えてあげたいと思う。
だってもう、侑李がいついなくなるか分からないから。
いつ、侑李とこうして会話が出来なくなるか分からないから。
だから私は毎日侑李に会いに来る。
両親に変わって。
仕事で家に帰って来れない、両親に変わって。
「緑もいいなあ」
ニヒヒと綺麗な歯を見せる侑李の頭を撫でる。
いつか、この笑顔を見れなくなる日が来るのかな·····。
泣きたいのは、侑李の方なのに。
面会は8時までだから、私はギリギリまで病室にいた。
家に帰れば、玄関にお兄ちゃんの靴があった。
リビングに入ればソファに寝転がっているお兄ちゃんがいて、「おかえりー、晩飯なに〜?」と聞いてくる。
「パスタでいい?」
鞄をイスの上に置き、制服のリボンを外す。
机の上にはお兄ちゃんが食べたであろう焼き飯が乗っていたお皿がそのまま置いてあった。
「何味?」
「トマト」
「明太子ねぇの?」
「あるけど·····」
「じゃあそれで」
「お兄ちゃん、お皿水につけておいてよ。固まったら取れにくいんだよ」
「悪い悪い」
本当に悪いと思っているのか。
手を洗い、パスタを茹でている間に、自身の制服を着替え、洗濯物を取り込んだ。
「それからお兄ちゃん、お昼いるとかいらないとか、前日に連絡してっていつも言ってるでしょ」
「分かったって」
「この前もそう言ってたのに·····」
「次からはするっつってんだろ」
それもこの前言ってたけど··········。
パスタの湯を切り、温めたレトルトのミートソースと明太子ソースを取り分けたパスタに絡ませる。
「あ、あと、その金髪やめてよ。侑李もするって言ってたよ?」
「いいだろ、好きにさせてやれよ」
いいだろって·····。
私もなんでもしてあげたいけど。
「今日、行ったんだってね」
「ああ」
「嬉しがってたよ、毎日行ってあげればいいのに」
「そうだな」
お兄ちゃんは体を起こし、ソファからダイニングテーブルのイスに座った。
「トマト美味そうだな」
「お兄ちゃん明太子でしょ?」
「密葉、明太子食べろよ、俺こっち貰うわ」
お兄ちゃんが明太子って言ったのに?
本当に‘気まぐれ’っていう言葉がぴったりなお兄ちゃん。
もうそれに対して慣れてしまっている私は、文句を言っても無駄だと分かっている。
「あ、夜出かけるから。明日の朝と昼飯いらねぇから」
「お兄ちゃん、ちゃんと学校行ってるの?」
「行ってるよ」
本当に行ってるのか·····。
留年になって、私と同じ学年にならないでよ?と、心の中でため息をついた。
朝、学校に行けば、やけにニヤニヤしている桃がいた。
「聞いたよォ、山本に告られたんだって?」
どうして桃が知ってるんだろうと思った。
満面の笑みの桃は、「やるじゃん密葉」と、肘で私をつつく。
「あ·····うん」
「もう!何で教えてくれなかったの?」
「ごめんね」
「OKしたの?」
「ううん」
「えー!嘘っ、もったいない!」
すごく驚いた声を出した桃は、「山本君モテるって、山本君の同中の子言ってたよ?」と、情報を私に伝えてくれる。
「そうなんだ」
「そうなんだって密葉·····。どうしてふったの?」
首を傾げる桃。
「付き合っても時間とれないから·····」
曖昧に笑った私の顔を見て、桃は納得した顔になった。
放課後や休みの日は、侑李のところに行きたいから。
きっと私は誰よりも侑李を優先してしまう。
「そっか·····、侑李君元気?」
「うん、最近調子いいみたい」
「そっか、良かったね」
桃は笑った。
桃は侑李の事情を、この学校で唯一知っている人だから。
「あのさ蜜葉、わたしが言うのも何だけど…」
「ん?」
「侑李君の事とかで大変っていうのも分かるけどさ、密葉にも密葉の人生があるんだよ?ずっと密葉はこのままでいいの?」
桃の言っている意味が分からない。
私の人生?
「なにが…言いたいの?」
「だから…本当は遊びたいし、彼氏がほしいって思ってるんじゃないの…?」
「……」
「ごめん、急にこんな事言って」
「……ううん」
「この頃の密葉、凄く疲れた顔をしてるから。無理してんじゃないかって」
「そんな事無いよ」
お母さん達が居ない今、私が侑李の母親代わりなんだから。
確かにこの頃、お母さん達は1ヶ月に2回ぐらいにしか家に帰ってこない
侑李が入院し始めた時は一週間に1回のペースで来てたのに
いつのまにか、だんだんと帰ってくる幅が空いていった
友達と遊びたい
彼氏がほしい
そう思ってるんじゃないの?
本当は桃の言う通りかもしれない
久しぶりにカラオケだって行きたいし、服だって買いに行きたい。桃と時間を気にせず遊びたい。
中学の時だって好きな人は出来た。あの人いいなって思う人はいた。
だけど、もし行動して
私がそっちの方向に行って戻れなくなってしまったら…
侑李は本当に一人になってしまう
それは絶対にあってはならない事だから··········。
そんな事を思う私だけど、私は遊李の事を邪魔だなんて思った事は一度も無い
たった一人の弟なんだよ?
そんな事を思う方がおかしい。
大好きで、可愛いくて、私の大事な侑李·····。
「お姉ちゃん?」
「……」
「おーい、お姉ちゃん」
「…あ、ごめん。どうしたの?」
「ううん、お姉ちゃんボーっとしてたから。どうかしたの?」
「何でも無いよ。それより髪の毛伸びたね、今度外出許可でたら切りに行こっか」
「うん!」
ほら、こんなにも可愛い·····。
月に2度しか来ない両親。
気まぐれに来るお兄ちゃん。
そして毎日来る私。
誰が1番侑李の事を思っているか·····。
今度両親が来る日曜日に、主治医が外出の説明をするらしい。どうして私じゃないんだろうって思う。私が1番見て、侑李の事を大事に思っているのに·····。
私の役割は、いったい何なのだろうと。
毎日通っている場所がある。
学校から家へ帰る、ちょうど真ん中ぐらいの位置。
広い敷地内に建っている、大きな白い建物。
名前は‘南総合病院’
病院に入り、エレベーターに乗り込み慣れた手つきで5階のボタンを押す。
アンコールが漂う匂いにも、すっかり慣れた。
「こんにちは」
白衣の天使。
5階につき、看護士に挨拶をすれば、いつもの様に「こんにちは」と笑顔で返してくれる。
小児科病棟 503号室
山崎 侑李様
扉を開ければ、「お姉ちゃん!!」と、可愛い笑顔を向けてくれる私の大事な弟·····。
まだ小学生の、可愛い可愛い弟。
「ごめんね、遅くなったね」
「待ってたよお」
侑李は読んでいたであろう本をベットに固定してある机の上に置き、ニコニコと笑顔を向けてくれる。
そうすれば、私も自然と笑顔になる。
「体調は?」
「大丈夫!」
「本当に?」
「本当だよ!ご飯も全部食べたよ」
確かに顔色が良かった。
発作の時とは比べものにならないぐらい、可愛い顔をしている。
まるで子犬のように懐っこい侑李は、生まれながらに心臓が悪い。
ずっと入退院を繰り返している侑李の体は小さく、小学校の低学年に見えるほどだった。
「すごいね、野菜も食べたの?」
「うん、食べないと怒られるもん·····」
シュンとする侑李は本当に可愛いくて、本当に愛おしい私の大事な弟。
「今度の日曜日、お母さん達帰ってくるって」
「本当!?」
パァーっと、キラキラ目を輝かせる侑李。
「本当」
「あっ、今日お兄ちゃん来たんだよ!」
「そうなの?」
「うん、来たぞーって」
「また髪明るくなってたでしょ?」
「うん!僕も金色にしたいなあ」
侑李の願いは、全部叶えてあげたいと思う。
だってもう、侑李がいついなくなるか分からないから。
いつ、侑李とこうして会話が出来なくなるか分からないから。
だから私は毎日侑李に会いに来る。
両親に変わって。
仕事で家に帰って来れない、両親に変わって。
「今度の日曜日、お母さん達帰ってくるって」
「本当!?」
パァーっと、キラキラ目を輝かせる侑李。
「本当」
「あっ、今日お兄ちゃん来たんだよ!」
「そうなの?」
「うん、来たぞーって」
「また髪明るくなってたでしょ?」
「うん!僕も金色にしたいなあ」
侑李の願いは、全部叶えてあげたいと思う。
だってもう、侑李がいついなくなるか分からないから。
いつ、侑李とこうして会話が出来なくなるか分からないから。
だから私は毎日侑李に会いに来る。
両親に変わって。
仕事で家に帰って来れない、両親に変わって。
「緑もいいなあ」
ニヒヒと綺麗な歯を見せる侑李の頭を撫でる。
いつか、この笑顔を見れなくなる日が来るのかな·····。
泣きたいのは、侑李の方なのに。
面会は8時までだから、私はギリギリまで病室にいた。
家に帰れば、玄関にお兄ちゃんの靴があった。
リビングに入ればソファに寝転がっているお兄ちゃんがいて、「おかえりー、晩飯なに〜?」と聞いてくる。
「パスタでいい?」
鞄をイスの上に置き、制服のリボンを外す。
机の上にはお兄ちゃんが食べたであろう焼き飯が乗っていたお皿がそのまま置いてあった。
「何味?」
「トマト」
「明太子ねぇの?」
「あるけど·····」
「じゃあそれで」
「お兄ちゃん、お皿水につけておいてよ。固まったら取れにくいんだよ」
「悪い悪い」
本当に悪いと思っているのか。
手を洗い、パスタを茹でている間に、自身の制服を着替え、洗濯物を取り込んだ。
「それからお兄ちゃん、お昼いるとかいらないとか、前日に連絡してっていつも言ってるでしょ」
「分かったって」
「この前もそう言ってたのに·····」
「次からはするっつってんだろ」
それもこの前言ってたけど··········。
パスタの湯を切り、温めたレトルトのミートソースと明太子ソースを取り分けたパスタに絡ませる。
「あ、あと、その金髪やめてよ。侑李もするって言ってたよ?」
「いいだろ、好きにさせてやれよ」
いいだろって·····。
私もなんでもしてあげたいけど。
「今日、行ったんだってね」
「ああ」
「嬉しがってたよ、毎日行ってあげればいいのに」
「そうだな」
お兄ちゃんは体を起こし、ソファからダイニングテーブルのイスに座った。
「トマト美味そうだな」
「お兄ちゃん明太子でしょ?」
「密葉、明太子食べろよ、俺こっち貰うわ」
お兄ちゃんが明太子って言ったのに?
本当に‘気まぐれ’っていう言葉がぴったりなお兄ちゃん。
もうそれに対して慣れてしまっている私は、文句を言っても無駄だと分かっている。
「あ、夜出かけるから。明日の朝と昼飯いらねぇから」
「お兄ちゃん、ちゃんと学校行ってるの?」
「行ってるよ」
本当に行ってるのか·····。
留年になって、私と同じ学年にならないでよ?と、心の中でため息をついた。
朝、学校に行けば、やけにニヤニヤしている桃がいた。
「聞いたよォ、山本に告られたんだって?」
どうして桃が知ってるんだろうと思った。
満面の笑みの桃は、「やるじゃん密葉」と、肘で私をつつく。
「あ·····うん」
「もう!何で教えてくれなかったの?」
「ごめんね」
「OKしたの?」
「ううん」
「えー!嘘っ、もったいない!」
すごく驚いた声を出した桃は、「山本君モテるって、山本君の同中の子言ってたよ?」と、情報を私に伝えてくれる。
「そうなんだ」
「そうなんだって密葉·····。どうしてふったの?」
首を傾げる桃。
「付き合っても時間とれないから·····」
曖昧に笑った私の顔を見て、桃は納得した顔になった。
放課後や休みの日は、侑李のところに行きたいから。
きっと私は誰よりも侑李を優先してしまう。
「そっか·····、侑李君元気?」
「うん、最近調子いいみたい」
「そっか、良かったね」
桃は笑った。
桃は侑李の事情を、この学校で唯一知っている人だから。
「あのさ蜜葉、わたしが言うのも何だけど…」
「ん?」
「侑李君の事とかで大変っていうのも分かるけどさ、密葉にも密葉の人生があるんだよ?ずっと密葉はこのままでいいの?」
桃の言っている意味が分からない。
私の人生?
「なにが…言いたいの?」
「だから…本当は遊びたいし、彼氏がほしいって思ってるんじゃないの…?」
「……」
「ごめん、急にこんな事言って」
「……ううん」
「この頃の密葉、凄く疲れた顔をしてるから。無理してんじゃないかって」
「そんな事無いよ」
お母さん達が居ない今、私が侑李の母親代わりなんだから。
確かにこの頃、お母さん達は1ヶ月に2回ぐらいにしか家に帰ってこない
侑李が入院し始めた時は一週間に1回のペースで来てたのに
いつのまにか、だんだんと帰ってくる幅が空いていった
友達と遊びたい
彼氏がほしい
そう思ってるんじゃないの?
本当は桃の言う通りかもしれない
久しぶりにカラオケだって行きたいし、服だって買いに行きたい。桃と時間を気にせず遊びたい。
中学の時だって好きな人は出来た。あの人いいなって思う人はいた。
だけど、もし行動して
私がそっちの方向に行って戻れなくなってしまったら…
侑李は本当に一人になってしまう
それは絶対にあってはならない事だから··········。
そんな事を思う私だけど、私は遊李の事を邪魔だなんて思った事は一度も無い
たった一人の弟なんだよ?
そんな事を思う方がおかしい。
大好きで、可愛いくて、私の大事な侑李·····。
「お姉ちゃん?」
「……」
「おーい、お姉ちゃん」
「…あ、ごめん。どうしたの?」
「ううん、お姉ちゃんボーっとしてたから。どうかしたの?」
「何でも無いよ。それより髪の毛伸びたね、今度外出許可でたら切りに行こっか」
「うん!」
ほら、こんなにも可愛い·····。
月に2度しか来ない両親。
気まぐれに来るお兄ちゃん。
そして毎日来る私。
誰が1番侑李の事を思っているか·····。
今度両親が来る日曜日に、主治医が外出の説明をするらしい。どうして私じゃないんだろうって思う。私が1番見て、侑李の事を大事に思っているのに·····。
私の役割は、いったい何なのだろうと。