「私の方が、好きだよ·····」

そう言えば、和臣の手が私の後頭部にまわり、強い力で引き寄せられる。
瞬く間に深いキスに代わり、反対の手で私の背中をさする和臣の手に、身体が暑くなった。

和臣の舌に答えるように、自然と私も舌を出して。それを絡めるよう和臣の舌使いが強くなる。けれどもけして強引ではなく、ゆっくりと動くから、とても気持ちが良くて。
思わず甘い吐息がもれる。


「·····やべぇ·····」

私のお腹と胸元の間ぐらいに顔を埋め、吐息を出した。


「··········やりてぇ·····」


やりたいって·····。
やっぱりそういう意味·····。


「和臣·····」

「·····やんねぇよ」

「··········」

「けど、やりてぇ·····」

「·····うん」

「··········密葉·····」

「うん··········いいよ?今日は時間ないけど·····、そういうのも理解して、和臣と付き合ってるから·····。また会える日でも·····」


私はぎゅっと、抱きしめるように和臣の頭を抱えた。

私が初めての彼氏なのは、和臣も今までの私を見て知っているはず。だからそういう行為をするのも初めてで。

和臣は、どうか分からない。


「···········今度な。密葉の事はマジで大事に思ってるから。·····そう簡単に手ぇ出したくねぇ」

「和臣·····」

「大事すぎて·····好きすぎて抱けねぇって、どうなんだよ」



大事すぎて·····。
私も和臣がすごく大事·····。
和臣だけじゃないよ·····。

私は和臣に答えるように、抱きしめる力を強めた。

「私もだよ、和臣のためなら、何だってする。和臣だけじゃない·····私も同じふうに思ってるよ」

「別に何もしなくていい、密葉が俺のもんでいてくれるならそれでいいよ」

「かず·····」


和臣は私の胸元部分から、顔を上に上げた。
硬派な顔を崩し、とても優しく笑っている和臣は、私の事を本当に好きなのだと分かる。



「·····もうすぐクリスマスだな」


クリスマス?

そういえばもうすぐ12月·····。


「え?あ、そうだね」

「つーか、密葉って誕生日いつだ?過ぎてるとかねぇよな?」


誕生日?
そう思えば、私も和臣の誕生日を知らない。


「2月だよ、2月9日。和臣は?」

「俺は4月5日」

ということは、私達が出会ってから、どちらも誕生日を迎えた訳ではなく。

じゃあ、ほぼ2歳差になるんだ。
学年は1つ違いだけど·····。



「じゃあ、さきにクリスマスな。何が欲しいか考えといてくれ」


そう言った和臣は、私にキスをしようと私を引き寄せた。
彼氏がいるクリスマス·····。


「和臣もだよ、和臣も何が欲しいか考えててね」


唇が重なる前、呟く。


「俺は密葉がいれば、それでいいよ」


重なった唇·····。

私がいればいい·····。

そんなの、私だってそうだよ?


和臣がいてくれさえすれば·····


·····何もいらないのだから。


「またいつでも来てね、密葉ちゃん」

「ねぇねぇお兄ちゃん、辰巳さん、彼女が出来たこと知ってるの?」

「知ってるけど、湊達には言うなよ。大駕(たいが)はいいとして·····」

「湊達って、湊と実さん?なんで?」

「お前と母さんより面倒臭いからだよ」

「あー、なるほど、でも言った方が良くない?密葉ちゃんも来るんでしょ? 咲人(さきと)さんにも·····」

「胡桃、その話は後でするから。じゃあ、密葉送ってくる」

「和臣、お昼どうするの?」

「昼から大駕と約束してるし、そのまま行くから無くていい。晩飯はまた連絡するから」

「夕方までに連絡してよ?」

「いつもしてるだろ?」

「そうね、密葉ちゃん、本当にいつでも来てね?今度はお昼、一緒にしましょう。密葉ちゃん何好き?和風か洋食·····、もう寒くなってきたから温かい方が良いわよね」

「母さん·····、そんなに聞くと密葉が答えられねぇって」

「え?あらやだ。ごめんなさい。また、和臣に聞いておくわね」



恥ずかしそうに笑う和臣のお母さん。

呆れた顔の和臣。

「後でっていつ·····」と不思議そうにする美人な妹の胡桃さん·····。

そして、リビングで寝ているであろう和臣のお父さん。

「お邪魔しました」と頭を下げて、和臣と一緒に家を出た。ここに来る前はすごく緊張していたけど、家から出た瞬間、ほっと緊張が溶けたような気がして。



「お母さん綺麗な人だった、妹さんも·····。和臣ってお父さんと似てるね」

バイクの後ろに乗りながら、赤信号で停まっている時、和臣に話しかけた。


「綺麗か?」

「うん、美形一家だなあって」

「それ、俺もイケてるってこと?」


確かに、和臣はかっこいい·····。
硬派な真面目つきな顔。鼻筋も綺麗で、目も切れ長で·····。平凡な私とは違う。
身長も平均よりは高い方で、筋肉質というか·····、かといって太いわけでもなく。


「うん、いつもかっこいいって思ってるよ」

「そう言われたら恥ずい·····。走ってる時事故りそうだから、もう言うなよ?」


照れている和臣が珍しくて、後ろでクスクスと笑いながら、走り出すバイクに、和臣を抱きしめる力を強めた。

どこからどう見ても安全運転の和臣·····。
バイク初心者の私でも、ゆっくりしたスピードで走ってるのが分かるほどで。

「今日はありがとうな」


家まで送ってくれた私に、お礼を言ってくる。正直、和臣がお礼を言うのが分からなかった。
あんなにも温かい、凄く素敵な家族に、私を紹介してくれて·····、私の方こそ感謝したい程で。


「侑李と、大和にもよろしく言っといてくれ」

「うん。送ってくれてありがとう」

「これぐらいどうって事ねぇよ」


そんな事ない。往復すれば、1時間以上かかってしまう距離なんだから。


どちらかというと、敬語が似合いそうな顔つきの和臣。けど、もうすっかり和臣の言葉遣いにも慣れてきた。

不良らしい和臣·····。
和臣が不良って言葉に、まだ違和感はあるけれど。


たまに使う優しい言葉遣いは、私だけのものなのかなって、少し思ったりもして。


「また夜、電話するな」


時間が経つ度、和臣の思う気持ちが強くなっていく。和臣もおなじ気持ちだったらいいのになって、心のそこで幸せに浸っていた·····。

侑李のお見舞いに行ったあと、家事をしながら、和臣からの電話を待っていた。

兄はバイトに行っているらしい。
22時までだから、23時には帰ってくると思うけど·····。でも朝早くから違うバイトが入ってるって言ってたから·····。

明日食べる分の下ごしらえをしながら、時計を見つめている時、キッチンカウンターに置いていたスマホが振動した。


和臣だと思った。
いつもこの時間にかけてくるから。



そう思ってスマホの画面を見れば、そこには和臣の名前ではなく、母の名前があり。

お母さん?

手を洗い、タオルで手を拭き、スマホを持ちスライドさせて耳に当てた。

何かあったのだろうか?


『もしもし、密葉?遅い時間にごめんね』

「ううん、大丈夫だよ、何かあったの?」


仕事で疲れているのか、お母さんの声が少し鼻声ように聞こえた。



『今度の土日に帰ることにしたから、言っておこうと思って』


今度の土日?
冷蔵庫に飾っているカレンダーを見つめた。
今日が土曜日だから、ちょうど1週間後。


「分かった、お兄ちゃんと侑李に言っておくね」

『ええ、お願いね。何か欲しいものある?侑李、何か言ってた?』

「んー、最近算数好きみたいだから、それに関連する玩具とか喜ぶと思うけど·····」

『分かったわ、密葉は?困ってることない?』

「ないよ、大丈夫。土日ってことは、2日間ここにいれるんだよね?」

『そうね、久しぶりに夜ご飯、食べに行きましょう』


夜ご飯·····。
お母さんとお父さんと行くのはいつぶりだろう?



泊まること自体、何ヶ月ぶりか·····。


「お母さん、泊まるんだよね?」

『そうね、布団のシーツ、お父さんと二人分洗っておいてくれる?久しぶりに使うし·····』


いつも数時間で、仕事へと向かってしまう両親。だけど泊まるってことは、少し時間があるということで。



「あ、あの、何時頃帰ってくる?」

『土曜日?夕方ぐらいかしら。日曜日も同じ時間に帰ると思うけど』

「じゃあ、日曜日の午前中は·····」

『日曜日?得に何も·····、どこか行きたいとこあるの?』


行きたいとこじゃなくて·····。

母達に会って欲しい人がいる。


『密葉?』

「ま、まだ、都合聞いたわけじゃないんだけど·····」

『え?』

「1回、用事がないか·····聞かないと·····」


和臣に·····。


『密葉、何言ってるの? 何も用事でもあるの? 大和が何か言ってた?』


違う、そうじゃない···。
何て言えばいいか分からない·····。

電話の相手が和臣のお母さんではなく、私の母親だというのに。



私は落ち着きを取り戻すために、はあ·····と息をはいた。


「お母さん·····、あのね、私今付き合ってる人がいて·····」

『え? 密葉に?』


母の驚いた声が、電話越しから聞こえる。




「1回、会って欲しいの·····」

『うん』

「まだ、相手の時間の都合が分からないから、決まったわけじゃないけど·····、もしお母さんとお父さんと、彼の時間が合えば会って欲しい·····」

『そう·····、分かったわ、密葉にもそんな人が出来たのね』


穏やかな母の声。


『今の、お父さんが聞けば、今すぐ帰る!相手の顔見る!っていいそうね·····』


母の言葉に、笑みが零れた。


『また決まったら、連絡してくれる?』

「うん、ありがとうお母さん」

『密葉が会って欲しいって言うぐらいだから、素敵な人なんだろうね』



うん。
私には勿体ないぐらい、素敵な人だよ。


母との電話が終わったあと、すぐに和臣から電話がかかってきた。


さっきの母との会話をすると、『行くに決まってるだろ』と、当然のように言ってくれて。

当たり前と思ってくれてる和臣が、嬉しかった。







土曜日の夕方両親が帰ってきて、侑李の所向かうエレベーターの中で「大和は密葉の彼と会うの?」と言われ。

その時初めて、和臣が兄と友達だということを、両親に伝えた。

そして母が、兄に聞く。「どんな感じの人?」と。


兄は、「会えば分かるよ」と答えていた。


私は凄く緊張した。
和臣の家族に会うことを。

最初は全く喋れなくて、和臣がいなければ、どうなっていたか分からないほど·····。

だから、


「密葉さんとお付き合いしてます、藤原和臣といいます」


こうして冷静に落ち着いて話す和臣に、凄く驚いて。

兄は「もうどういう奴か知ってるし」と、バイトへ出かけた。


リビングで、父と母と会話をする和臣は、きちんと敬語を上手に使い、真面目な好青年という言葉がピッタリだった。

時々笑ったり、真剣な表情をしたり、いつもとは違う表情見せる。


「密葉のこと、お願いね」と話す両親に、「はい、もちろんです」と返事をし。



「いい人ね」と、和臣に気づかれないよう、コソッとキッチンで言う母。

「大人すぎる子ね」と。

「今どき、両親がいない家に上がるなんてこと、普通なのにね」と。