電話も、なかった。
待ち合わせをしたわけでもなくて。
夜の8時、面会が終わる時間。
つい数ヶ月前までは、松葉杖を使って「来ないで」と言っていた私を待っていた男が、今日は松葉杖を使わずにそこに立っていて。
「びっくりさせようと思って」
数ヶ月前とは違う、和臣との関係。
和臣に近づけば、「驚いた?」って、面白そうに聞いてくる。
和臣は制服姿だった。とはいっても、制服のズボンに、上はパーカーと、制服を着ていると言ってもいいか分からないけど。
「·····うん」
「うそ、本当は俺が会いたかっただけ」
私も会いたかった。
和臣も同じ考えで、すごく嬉しくて。
「9時ぐらいに電話しようと思ったけど、我慢出来なかった」
自分自身に呆れた様子で、私の手を握った。
「·····私も会いたかった」
和臣の声を聞きたくて。侑李のことも伝えようと思ってたから。和臣に会いたいなって思ってて·····。
「じゃあ、来て良かった」
嬉しそうに笑った和臣は、「家まで送る」と当たり前のように言った。
家までって·····。
病院からは結構離れて·····。
バイクがないことは歩きってこと。場所的には私の家、病院、隣町の和臣の地元って感じに離れていて。
どう考えても遠い。
和臣は電車に乗らないといけない距離だから。
「いいよ、1人で帰れるよ?」
「そういうと思ったよ」
分かってるなら·····。
「俺が一緒にいたいだけ」
断っても、和臣は一緒に帰ると思った。
強引なのは、付き合っても変わらない。
「今日だけだよ?」
「分かってる」
帰り道、侑李の話をした。
和臣は「頑張ったな」と、頭を撫でてくれた。
多分、和臣は‘今日’だから私を病院の前で待っててくれたんだと思った。
私が侑李に話すことを分かっていたから。
私を心配してくれた。
大事にすると言ってくれた和臣。
「また連絡する」
家の前まで送ってくれた和臣は、私を抱きしめる。「もう帰るの?」と言いそうになった。
でも引き止めちゃ、和臣の帰る時間が遅くなってしまうから。
「·····うん、またね」
和臣の胸元でそう言うしかできなくて。
「帰ってほしくねぇ?」
「え?」
「そんな声してる」
声?
いつも通り話してるつもりだった。表情も和臣には見せていないのに。
「そんな事·····」
「ねぇの?」
ある·····。
だってせっかく会えたのに·····。
次いつ会えるか分からないのに。
侑李もそうだったのかな·····。だから侑李が小さい頃、「もう少しいて」って言ってたのかな。今の私と同じ·····。
今更侑李の気持ちが分かるなんて·····。
私は和臣の服を掴んで、離さなかった。
「··········やだ·····」
小さい声は和臣に聞こえていたらしく、和臣は優しく笑い、「じゃああと10分このままな」と、家の前だっていうのにずっと抱きしめてくれた。
和臣に抱きしめられると心地いい。
「·····家に入らないの?」
「うん、今日はやめとく」
「どうして?いいよ、誰もいないと思うから」
「そうすれば、今度は俺が「帰らねぇ」って言い出すと思う」
それに、と、和臣は続ける。
「誰もいなかったら、それこそダメだろ?」
「え?」
「知らねぇ間に男が上がり込んでるとか、密葉の両親がよく思わねぇと思う。せめて大和ぐらいには「お邪魔します」って言わねぇとな」
和臣のいうことは正論だと思った。
ここは私だけの家じゃないから。
家族みんなの家だから。
「また両親が帰ってきた時にでも、挨拶させてくれ」
「うん·····」
硬派な顔つきの和臣は、考えることも硬派らしく。大人の考えをもった和臣が、私の両親に挨拶をしてくれるって思っただけで、嬉しくて。
それほど、私を好きだと思ってくれてるんだと。
「また、和臣の家族にも挨拶させてね」
「うん、多分すげぇ事になると思う」
「凄いって?」
「質問攻めで、絶対うるさい」
「え?」
「特に妹」
「妹さん?」
「いや、母親もかな?」
「お母さん?」
「俺のしつこさは、母親譲りだからな」
見なくても分かる。
きっと和臣の家族は仲がいいんだろうなって。
お母さんとお父さんの、和臣に対しての育て方が良かったんだろうと。
暖かい家庭なんだろうなって。
「お父さんはどんな人?」
「親父?親父は·····、いつも猫と寝てる」
「猫飼ってるの?」
「2匹な。1匹は親父に懐いてて、もう1匹がずっと俺の部屋にいる。おかげで俺の部屋のカーテン、ボロボロなんだよな」
「それは·····仕方ないね」
猫を飼っていたら、壁紙が敗れとか、爪とぎをするために部屋が損傷するって聞いたことがある。
「腹向けて、勝手に俺の布団の真ん中で寝てるしな」
お腹を向けて?
想像すると、少し笑えた。
きっとその猫も、和臣に対しての安心感が強いのだろう。
少し猫の気持ちが分かった気がして。
「可愛いね」
「そうか?俺が寝ようとしたらすげぇ不機嫌になるし、全然可愛げねぇよ」
そう言いながらも、和臣は猫を大切にしているのだと分かる。
だって部屋から追い出すことも出来るはずなのだから。
「密葉ならいつでも来ていいから」
「うん」
「マジで母親うるせぇけどいい? 結構しつこいし」
「もう和臣で慣れてるよ?」
「いや、俺よりも·····、って、どういう意味だよそれ」
私の冗談に、少し不機嫌になる和臣。私はそれを見て、クスクスと笑った。
強引な性格は、母親譲りらしい。
「また、連絡する」
「うん」
「密葉」
「なに?」
和臣の右手が、私の頬を包み込む。
ドキドキと鳴る鼓動。和臣に聞こえてるんじゃないかってほど、心が震えた。
近づいてくる気配がして、何をするか分かった私は瞼をとじた。
触れるぐらいのキスを落とした和臣は、頬を包んでいた掌で、私の頭を撫でる。
「·····おやすみ、また明日な」
「うん、おやすみなさい·····」
私が家の中へ入るまで、ずっと私を見送ってくれた。
大好きな和臣·····。
こんなにも私が幸せという気持ちでいいのだろうか。罰が当たらないか·····。嬉しさ反面、やっぱり怖くなる。
神様、どうか·····、ずっと和臣と一緒にいれますように。
和臣とは毎日電話をした。朝の5分程の「おはよう」の電話だったり、5分程の「おやすみ」の電話だったりもする。
長い時もあって、布団の中で電話をしながらウトウトと眠りについてしまったこともある。朝まで電話が繋がっていて、「俺も寝てたわ」とその時の和臣は笑っていた。
だけど決して、夕方から夜の8時までの間には、和臣からの電話は無かった。その時間は侑李の時間だと、和臣も分かってくれているから。
会うのは週に1回程度だった。和臣が夜遅くに家の前まで来てくれたりして。
私の家の近くの公園で、話をしたり。そこでキスもして。
季節は冬へと進み、和臣と付き合ってから1ヶ月が過ぎた。
待ち合わせをしたわけでもなくて。
夜の8時、面会が終わる時間。
つい数ヶ月前までは、松葉杖を使って「来ないで」と言っていた私を待っていた男が、今日は松葉杖を使わずにそこに立っていて。
「びっくりさせようと思って」
数ヶ月前とは違う、和臣との関係。
和臣に近づけば、「驚いた?」って、面白そうに聞いてくる。
和臣は制服姿だった。とはいっても、制服のズボンに、上はパーカーと、制服を着ていると言ってもいいか分からないけど。
「·····うん」
「うそ、本当は俺が会いたかっただけ」
私も会いたかった。
和臣も同じ考えで、すごく嬉しくて。
「9時ぐらいに電話しようと思ったけど、我慢出来なかった」
自分自身に呆れた様子で、私の手を握った。
「·····私も会いたかった」
和臣の声を聞きたくて。侑李のことも伝えようと思ってたから。和臣に会いたいなって思ってて·····。
「じゃあ、来て良かった」
嬉しそうに笑った和臣は、「家まで送る」と当たり前のように言った。
家までって·····。
病院からは結構離れて·····。
バイクがないことは歩きってこと。場所的には私の家、病院、隣町の和臣の地元って感じに離れていて。
どう考えても遠い。
和臣は電車に乗らないといけない距離だから。
「いいよ、1人で帰れるよ?」
「そういうと思ったよ」
分かってるなら·····。
「俺が一緒にいたいだけ」
断っても、和臣は一緒に帰ると思った。
強引なのは、付き合っても変わらない。
「今日だけだよ?」
「分かってる」
帰り道、侑李の話をした。
和臣は「頑張ったな」と、頭を撫でてくれた。
多分、和臣は‘今日’だから私を病院の前で待っててくれたんだと思った。
私が侑李に話すことを分かっていたから。
私を心配してくれた。
大事にすると言ってくれた和臣。
「また連絡する」
家の前まで送ってくれた和臣は、私を抱きしめる。「もう帰るの?」と言いそうになった。
でも引き止めちゃ、和臣の帰る時間が遅くなってしまうから。
「·····うん、またね」
和臣の胸元でそう言うしかできなくて。
「帰ってほしくねぇ?」
「え?」
「そんな声してる」
声?
いつも通り話してるつもりだった。表情も和臣には見せていないのに。
「そんな事·····」
「ねぇの?」
ある·····。
だってせっかく会えたのに·····。
次いつ会えるか分からないのに。
侑李もそうだったのかな·····。だから侑李が小さい頃、「もう少しいて」って言ってたのかな。今の私と同じ·····。
今更侑李の気持ちが分かるなんて·····。
私は和臣の服を掴んで、離さなかった。
「··········やだ·····」
小さい声は和臣に聞こえていたらしく、和臣は優しく笑い、「じゃああと10分このままな」と、家の前だっていうのにずっと抱きしめてくれた。
和臣に抱きしめられると心地いい。
「·····家に入らないの?」
「うん、今日はやめとく」
「どうして?いいよ、誰もいないと思うから」
「そうすれば、今度は俺が「帰らねぇ」って言い出すと思う」
それに、と、和臣は続ける。
「誰もいなかったら、それこそダメだろ?」
「え?」
「知らねぇ間に男が上がり込んでるとか、密葉の両親がよく思わねぇと思う。せめて大和ぐらいには「お邪魔します」って言わねぇとな」
和臣のいうことは正論だと思った。
ここは私だけの家じゃないから。
家族みんなの家だから。
「また両親が帰ってきた時にでも、挨拶させてくれ」
「うん·····」
硬派な顔つきの和臣は、考えることも硬派らしく。大人の考えをもった和臣が、私の両親に挨拶をしてくれるって思っただけで、嬉しくて。
それほど、私を好きだと思ってくれてるんだと。
「また、和臣の家族にも挨拶させてね」
「うん、多分すげぇ事になると思う」
「凄いって?」
「質問攻めで、絶対うるさい」
「え?」
「特に妹」
「妹さん?」
「いや、母親もかな?」
「お母さん?」
「俺のしつこさは、母親譲りだからな」
見なくても分かる。
きっと和臣の家族は仲がいいんだろうなって。
お母さんとお父さんの、和臣に対しての育て方が良かったんだろうと。
暖かい家庭なんだろうなって。
「お父さんはどんな人?」
「親父?親父は·····、いつも猫と寝てる」
「猫飼ってるの?」
「2匹な。1匹は親父に懐いてて、もう1匹がずっと俺の部屋にいる。おかげで俺の部屋のカーテン、ボロボロなんだよな」
「それは·····仕方ないね」
猫を飼っていたら、壁紙が敗れとか、爪とぎをするために部屋が損傷するって聞いたことがある。
「腹向けて、勝手に俺の布団の真ん中で寝てるしな」
お腹を向けて?
想像すると、少し笑えた。
きっとその猫も、和臣に対しての安心感が強いのだろう。
少し猫の気持ちが分かった気がして。
「可愛いね」
「そうか?俺が寝ようとしたらすげぇ不機嫌になるし、全然可愛げねぇよ」
そう言いながらも、和臣は猫を大切にしているのだと分かる。
だって部屋から追い出すことも出来るはずなのだから。
「密葉ならいつでも来ていいから」
「うん」
「マジで母親うるせぇけどいい? 結構しつこいし」
「もう和臣で慣れてるよ?」
「いや、俺よりも·····、って、どういう意味だよそれ」
私の冗談に、少し不機嫌になる和臣。私はそれを見て、クスクスと笑った。
強引な性格は、母親譲りらしい。
「また、連絡する」
「うん」
「密葉」
「なに?」
和臣の右手が、私の頬を包み込む。
ドキドキと鳴る鼓動。和臣に聞こえてるんじゃないかってほど、心が震えた。
近づいてくる気配がして、何をするか分かった私は瞼をとじた。
触れるぐらいのキスを落とした和臣は、頬を包んでいた掌で、私の頭を撫でる。
「·····おやすみ、また明日な」
「うん、おやすみなさい·····」
私が家の中へ入るまで、ずっと私を見送ってくれた。
大好きな和臣·····。
こんなにも私が幸せという気持ちでいいのだろうか。罰が当たらないか·····。嬉しさ反面、やっぱり怖くなる。
神様、どうか·····、ずっと和臣と一緒にいれますように。
和臣とは毎日電話をした。朝の5分程の「おはよう」の電話だったり、5分程の「おやすみ」の電話だったりもする。
長い時もあって、布団の中で電話をしながらウトウトと眠りについてしまったこともある。朝まで電話が繋がっていて、「俺も寝てたわ」とその時の和臣は笑っていた。
だけど決して、夕方から夜の8時までの間には、和臣からの電話は無かった。その時間は侑李の時間だと、和臣も分かってくれているから。
会うのは週に1回程度だった。和臣が夜遅くに家の前まで来てくれたりして。
私の家の近くの公園で、話をしたり。そこでキスもして。
季節は冬へと進み、和臣と付き合ってから1ヶ月が過ぎた。