「密葉」

「·····うん」

「キスしたい」

「·····私疑ってないよ?疑ったらするんじゃないの?」

からかうように、私は笑った。


「そんなこと言ったっけ?」

「言ったよ、ついさっき」

「忘れたわ」


クスクスと、笑いがもれる。
言ったのを覚えているはずなのに、とぼけるなんて。




「俺の女になってくれる?」


俺の女·····。
和臣の彼女。


「·····私、またおかしくなるかもしれないよ。和臣を困らせる時、来ると思う」

「いいよ、密葉が手に入んなら。何だっていい」

「··········」

「俺のもんになれよ····、絶対大事にするし、幸せにするから。絶対密葉を泣かせたりしねぇから·····」

「·····和臣·····」


私の好きな和臣の声。
本当に、愛おしくて。


「·····怖い·····」

「何が怖い?」

「本当に、いいか·····。侑李の泣く姿を見るのが怖い·····」


でも、それ以上に。
和臣を、もう二度と失うのは嫌だった。


「幸せになるのが、怖い·····」


私だけ、こんな事をして罰があたらないか。幸せで、幸せすぎて、急に地獄を目のあたりにしたら·····、想像もしたくない。



「けど、和臣を失うのは、もっと怖い·····」


私なりの告白の返事だった。

それに気づいた和臣は優しく笑い


「俺だって、密葉を失うのはすげぇ怖いよ」

そう言ったあと、包み込むように、和臣の唇が私の唇をとらえた。



何度も何度も角度を変えてくるキス。
和臣の唇はすごく柔らかくて、キスをされる度にゾクゾク·····っと、慣れない感覚が背中を過ぎった。


はっと息を吐くと、そこから口内へと入ってくる温かい和臣の舌。それがすごく気持ちよくて、重なるたびに、腰が砕けそうになった。




「俺のだ·····、すげぇ嬉しい·····」

唇から頬へと移動する和臣の唇。


「絶対大事にする·····」

また唇にキスをされて、和臣は何度もキスの合間に「好き」という言葉を言ってくれた。

離れたくなくて、でも、腰が砕けるほどのキスのせいで立っていられなくて·····。



「·····ラーメン、食いに行く?」



甘い吐息で呟かれた言葉。
もう体に力が入らない私は、和臣の腕の中で頷いた。


「和臣·····」

「ん?」

「お腹すいた·····」


そう言うと、和臣は嬉しそうに、優しく笑った。

綺麗な夜景を目に焼き付けた後、和臣に手をひかれ、バイクの方へと向かった。
ここへ来た時とは違う和臣との関係。

私の初めての人·····。
大好きな人。


「和臣、お兄ちゃんになんて言われたの?」


バイクに跨り、私は自ら和臣の体に手を回した。
もともとはお兄ちゃんが和臣に何かを言ったから、私と和臣はこういう関係になったわけで。



「密葉が飯食わねぇ、どうにかしてくれって言われた」


バイクのエンジンをつける和臣。


「どうにかしてくれって言ったの?」

「ああ、頭下げられた」

「え?」

「密葉を助けてくれって。俺じゃなんも出来ねぇって」

「お兄ちゃんが?」

「ああ、大和はすげぇ密葉のこと心配してた」

「··········」

「大和だって、密葉のこと大事に思ってるよ」

「·····うん」


兄はずっと私を怒ってくれてた。でもそれを無視したのは私。


「どうしてお兄ちゃんは和臣に?」

相談する相手が、両親でもなく和臣だったんだろう。



「それは多分、家族じゃないからだと思う」


家族じゃないから?


「密葉は多分、家族じゃねぇ第三者が必要だったんだよ」


第三者?


「弟を知らない、密葉だけを知ってる他人が、密葉には必要だって大和は考えたんだろ」


侑李のことを知らない·····。
私だけを知ってる人·····。


「だから大和は、俺に頼んできたんだと思う。俺らの関係は普通じゃないって、大和も気づいてたしな」


両思いなのに、なんで付き合わない?と言った兄。それは私が言ったから。私が和臣の事を好きだと·····。


「俺、あんま頭良くねぇし。説明とか上手く出来ないから、分からなかったらごめんな」


そんな事ない。
和臣の言いたいことは分かった。
私は和臣を抱きしめる力を強めた。


「·····頭、良く見えるよ?」

「よく言われる」


笑った和臣が、本当に愛しいと思えた。

第三者の和臣。
侑李の事を知らない人。
私を見てくれる人。




走り出したバイクは、5分ほどで到着した。美味しいラーメンがあるというのは、和臣の地元の方だったみたいで。

バイクからおりて、少し古びたラーメン屋へ向かおうとする和臣は、私から手を離さなかった。


そして今更思う。兄に無理矢理連れ出され、何も持ってきていない私は、所持金もなく。

「か、和臣、あたしお金持ってきてない·····」

「え?」

「鞄·····、家に·····」


振り向いた和臣は、一瞬キョトンとした。
だけど硬派な顔を崩し、笑いだして。
どうして笑うか分からない私を、和臣は引き寄せまた歩き出す。


「俺が出すよ」

「で、でも」

「ありえねぇぐらい好きな女に、出させる男がどこにいるんだよ」



ありえないぐらい好き·····。
さっきも何回もキスをされながら「好き」って言われたのに、こうして急に言われると、やっぱり照れてしまう。


入口を開けた和臣は、ふと、動きをとめた。

中からは「いらっしゃい!」と、「ありがとうございました〜」という、店員ものらしき声が聞こえた。



動きを止める和臣に、中に入らないのかと思い和臣の方を見ると、「マジか」と少し驚いた声を出していて。


マジか?
何が?

もしかして知り合いでもいたの?
そういえばここは和臣の地元。
知り合いがいても不思議ではなく。



「湊は?あいつらいんの?」

そういう和臣は誰かと喋っていて。


「いや、奈央と来た。つーかお前、今日大事な用があるって言ってなかったか?」


どうやら本当に知り合いらしく、もう会計が終わったらしい和臣の知り合いは、出口へと向かってくる。

店から出てくる2人の男。
1人は金髪、もう1人は茶髪と、何だか雰囲気が似ている2人だったけど。そのうちの1人の金髪のほうは、見たことがある人だった。


病院の前で、この前、和臣と一緒にいた人。


確か名前は·······、···覚えてない·····。
あの時は兄と和臣が知り合いなのに驚いて、それどころじゃなかったから。
たしか·····、時期特攻とかどうとか·····。


「あー、うん。まだその最中」


怖そうで、目つきが悪い、不良すぎる彼は、和臣の方を見ながら後ろを見る私を見て·····、その目線は私と和臣を繋ぐ手に向けられる。


「·····大和の妹?」

「あれ、フジ君?こんばんは」


後ろから出てきた茶髪の男は、さっきの金髪の彼のように、和臣、私、繋ぐ手を見て、

「え·····、フジ君の·····彼女ですか?」と、私をみて驚いていて。



「まあ、あいつらにはまだ内緒な、絶対うるせぇし」

「あいつらって·····」

「湊(みなと)と実(みのり)だろ」


金髪の人はそう呟くと、もう帰ろうとしているのか、私達の横を通りすぎた。

みなとと、みのり? 誰?



「ちょ、兄ちゃん。じゃあ、失礼します、フジ君」

「ああ、また今度家行くわ」

「はい」


金髪の彼を、追いかける茶髪の彼·····。
兄ちゃんと呼ばれていたと言うことは、2人は兄弟。確かに目つきは兄らしい金髪の彼の方が悪いけど、雰囲気と顔つきはよく似ていた。



和臣は何事も無かったように、手を引き、中に入っていく。古びたラーメンやと思っていたけど、中は綺麗に清掃されていて、客も何人かいた。


けれども中は狭く、テーブル席は埋まっていたため、カウンターへ座ることになり。



「ごめんな、知り合いに会うとは思わなかった」

ラーメンを注文し終わったあと、和臣は何故か謝ってきて。



「ううん、私あの人見たことある」

「辰巳と奈央?」


顔を傾げて聞いてくる。
ああ、そうだ。確か辰巳って言われていたような。


「たつみ···君?の方。この前、和臣と病院であったでしょう?」

「ああ、そうだったな」

「特攻だって·····、お兄ちゃんが言ってた」

「うん、そう」

特攻っていわれても、あんまり特攻の意味が分からないけど。



「和臣、総長になるの?」

「多分、そう話は進められてる」

「そう·····」

「嫌か?」


嫌?
あんまり、そういう事は思わなかった。
和臣が暴走族といっても、暴走族というのがイマイチよく分かってないからか、和臣のそういう部分を見ていないからか。


とはいっても、危険なこと、だとは思う。



和臣の外見が不良っぽくないからか、本当にピンと来なくて。

「分かんない·····、そういうの、関わったことがなくて。暴走族が、いい事じゃないのは分かってるんだけど·····」

「·····うん」

「でも、和臣が、悪いことはしないって、そういう人じゃないっていうのは分かってる」

「·····うん」

「怪我だけは·····しないでね」


和臣を見つめると、和臣は穏やかに笑って私の頭を優しく撫でた。


「密葉には、こういう話は持ってこないようにする」

「こういう話?」

「族の·····。俺と密葉の間には。できるだけ巻き込みたくねぇし、密葉にはそういう世界に入って欲しくないから。俺と付き合って、もう巻き込まれてるけど·····、マジで嫌になれば言ってくれ」

「うん、分かった」


私以外の人から、「フジ」と言われている和臣。暴走族側の「フジ」。
暴走族に関係のない私は、「和臣」。


和臣にとって、そこには大きな壁があるのかもしれない。