裸だっていうのに、お構い無しに兄は脱衣場で私を横に寝かし、体にバスタオルをかけて。


ぼんやりとした視界で、白いモヤがかかる。意識が遠くなるような感覚だった。



「お兄ちゃん·····」

私を引っ張りあげようとしたせいで、兄の服も濡れていた。


「返事しねぇと思ったら·····、溺れてたらどうすんだバカが」


溺れてたら?
私、入浴中に意識を失ってたの?

ううん、意識はあった。

でも、体が動かなかった。

動かすことが出来なかった·····。



「·····このままじゃお前、壊れるぞ」


壊れる?
私が?
そんなことない。そんなこと絶対にない。


私は小さく笑った。



━━━━━━━「私は簡単に壊れない」と





確かに自分でも痩せたかもって思ったことはあった。でも侑李を見れば、私はまだまだ太ってて。

侑李の辛さは、私よりももっと辛いはず·····。





次の日、兄に「今日は行くな、休め」って言われたけど、私は無視して侑李のところへ向かった。


「お姉ちゃん!お姉ちゃんあのね·····」

あの日の発作以来、侑李はだんだん体の調子は良くなっていった。もう呼吸器などはつけてないけど、まだ安静の状態で。

侑李の可愛い笑顔を見れば、来て良かったと思える。


私の可愛い侑李·····。




重い足取りで家へと向かう。こんなにも家って遠かったっけ·····?ハァハァと、息切れもして。
最近学校に行ってないから、運動不足なのかもしれない。


そんな事を思いながら家につけば、「密葉」と、兄が玄関で私を待ち伏せしていた。

いつも遊んでばっかりいるのに、どうして最近はずっと家にいるのか。




また文句を言われるのは分かっていたから、スルーして部屋へ行こうとした。
けど、腕を掴まれてはどうしようも出来なくて。


「行くぞ」



行くぞ?
どこに?


「何言ってるの?」

「いいから来い」


無理矢理腕をひかれ、「やめてよっ」と言っても力強い兄は私の腕を離さなかった。


「靴はけ」

「行くってどこいくのっ」

「いいからはけよ!」


引きずるように私を外へ連れ出す。本当に意味が分からない。どこ行くっていうの·····。

こんなに力強く腕をひかれ、逃げ出すこともできず、ただ兄について行くことしか出来なくて。

足がもつれそうになる。



ついた場所は、徒歩3分程のコンビニだった。
コンビニに用事?なんで?
私を連れてくる意味が本当に分からなくて。


コンビニの中へ入ると思った。でも入らず、兄は駐車場の奥の方へと進む。


兄にもう一度、「どこ行くの?」と聞こうとした時、兄は歩くのをやめた。

まさか止まるとは思わず、ドスっと兄の背中に体当たりしてしまい。
ぶつかった鼻を、無意識におさえた。


「わりぃな急に」

「いや、いい」


兄の背中のせいで、前の方は見えない。
けど、分かる。
誰がいるか分かる。
だって、毎晩聞いてた声だから。


逃げ出そうとする私を、兄が逃がすまいと、腕に力を入れる。


「フジ、頼むわ」

「·····いいのかよ?」

「ああ·····、悪い·····、お前しか無理だ」

「離してよっ、お兄ちゃん離して!」


どうして和臣がいるのっ。
どうしてっ·····。


「電話の通りだから·····」

電話?
電話って何。
まさか、兄が和臣に連絡したの?

どうしてっ·····


「分かった」

低い声で返事をした和臣は、私の横に現れた。戸惑う私の兄が掴んでいる逆の方を腕をつかみ、和臣の方へと引き寄せられて。


「どういうことなのっ·····」

「なんかあったら連絡くれ」

「分かった」

「ちょっと、お兄ちゃん·····!」


私の腕を離すと、兄は「頼むな」ともう一度和臣に言い、コンビニを離れていこうとする。


「お兄ちゃん!!」


引き留めようとするけど、兄は1度も振り向かず。


「密葉」

その代わりに、和臣が私の腕をひく。
今の状況が全く整理できてない私は、和臣に対してどう接すればいいか分からなくて。


「乗れよ」


そう言った和臣の目線の先には、黒色の大きなバイクがあった。


これに乗れって·····


「や、いや·····、どうして?なんで·····、私たち·····」

もう終わったはずでしょう?
なのになんで目の前に和臣がいるの?



「乗んねぇと、無理矢理このまま拉致んぞ」

「かず·····」

「行くとこあるから」

「·····行くって·····どこに·····」

「·····いいから、乗れ」


バイクに置いていたヘルメットを、無理矢理私にかぶせてきた和臣は、力づくでバイクへと乗せようとする。


「和臣っ、なんで·····!」

「いいから乗れや!」


口が悪いって思ったのは何度もあった。
でもこうして、怒鳴るような、大きな声を出す和臣を見るのは初めてで。


ビクッと体を揺らした私に、和臣は「·····俺は終わったとは思ってねぇから·····」と、私にしか聞こえないほどの小さな声で呟いた。


走るバイク。
バイクに乗るのは、初めてだった。
もちろん運転もした事は無くて。


どこに手を置けばいいか分からなくて、和臣に誘導され、まるで和臣に抱きつくような体制に、私の心は爆発しそうだった。




「おりろよ」

ヘルメットをバイクに置いた和臣は、また私を逃がさないように私の手を掴んだ。


キスをした事もあるのに、抱き合った事もあるのに、手を繋ぐのは初めてで·····。


ここがどこか分からない。結構遠くまで来たらしく、どこか目印になるようなものは無かった。
というより、道路がある山の中って感じで。


「ここ、俺の地元」


俺の地元?
ということは隣町?

木々の中を、少し登っていく和臣に手をひかれる。


「和臣·····」

「なに?」

「どうして、和臣が私を·····」

「大和に頼まれた」

「·····お兄ちゃんに?」

「ああ、密葉、そこ段差あるから気つけろ」

「え?きゃッ·····!!」

「大丈夫か!?」


暗くて、木々ばっかりだから、段差があることに気づかなくて。ツマづいてしまった私を転ばないように抱きしめた和臣。


バランスがとれた私は、ハッとした。
咄嗟に距離をとろうと、和臣の体をおす。


だけど、和臣は離れなくて。


というよりも、そのまま力強く、抱きしめられて·····。



「は、はなして·····」

「なんでだよ」


なんでって。



私達の関係は終わってるから·····。兄に何を頼まれたか知らないけど、もう和臣とは·····。



「なんで、こんなに痩せてんだよ·····」


違う、和臣の言ってる「なんでだよ」とは、私の体型のこと·····。


「こんな事なら、身、ひかなきゃよかった」

「何言ってるの·····?」

「もう絶対密葉を諦めないって言ったんだよ」

「っ·····」

「俺の女になるまで、つきまとってやる」


そう言うと、和臣は私をゆっくりと離し、また手をひいて歩き出す。


諦めないって·····
俺の女って·····。


「和臣っ、待って!」

私の言葉を無視して、和臣は進む。

「待ってよ!」


暖かい和臣の手。
ずっとずっと触れたかった手。
それを嬉しいなんて·····。


嬉しいなんて·····!!


「見ろよ、すげぇだろ、あんま知られてねぇ穴場」

ようやく目的地についたらしく、バイクでは通れない細い道を通ってきて。



「え·····?」

私はその時、まるで星いっぱいの宇宙を見ているようだった。真っ暗な空。けれども、辺り一面に光るキラキラとした光。

すごい·····。
そんな簡単に言葉では表せないほど、綺麗な夜景を見るのは、生まれて初めてだった。

本当に、辺り一面に広がる、7色の星·····。



言葉が出ない。

凄すぎて·····。



「密葉」

「··········」

「密葉」

「あ、な、なに?」

夜景に感動しすぎて、和臣が呼んでいることに気づかなかった。和臣を見れば、私の頭を撫でようと、頭に手を回しているところで。

空の色に負けないぐらい、漆黒の目と、髪を持つ和臣·····。