「もう来ないでくれよ」


「こんなとこ好き好んで来てねえ」


 魔女はそうして、いつもと同じ台詞を吐き、常連の男を席も立たずに追い返す素振りを手で示した。

 男はテーブルを挟んで向かい合う、気だるげにソファーに座る魔女を見下ろすが、それもすぐに興味をなくし、ギターを抱え直し帰っていく。いつもそうだ。用が済み、こんな薄暗い場所は気持ちが悪いと足早に。


「……だったら来なければいい」


 私が応接セットから離れた窓際の安楽椅子から呪うように言うと、魔女は案外優しい声色であやしてくる。……これも、いつものこと。


「勘弁してやれ。ああ見えて弱い男なんだよ」


 男は、おまじないを求めて魔女を時折訪ねてくる。親しげに感じたのは、魔女が人間だった頃からの知り合いだとか。

 そもそも、魔女などこの世界に存在するのかも怪しいけれど……ここで授けられるおまじないはとても効くのだそう。


 かくいう私も、最初はそのおまじないを求めて辿り着いたひとりで。

 魔女は私に望んだものを授けてはくれなかった。代わりになのかなんなのか、住み着くように入り浸る私を追い返すことはせず、こうしてもう何ヵ月もの時を過ごしている。


 魔女がようやく重い腰を上げ、テーブルの上のコーヒーカップを片付け始めた。律儀に、魔女はいつも来客を珈琲でもてなしているのだ。

 手を伸ばし動く際、魔女らしい全身黒い装いから、肘より下の素肌が現れた。手元こそグローブで隠されているがその素肌は、肌の色ではなく、装いと同じ色に染まっていて。


「……前より濃くなったね」


 私が指摘をすれば、魔女は自身の腕を眺め独りごちる。


「――ああ。もう真っ黒だねえ」