ひとりっ子のわたしにとって、なおくんは本当のお兄ちゃんみたいだった。
なおくんもお手本のような兄でいようと心がけてくれていたように思う。
でもそれじゃ満足できなくなったのは、わたしの方だったんだ。
恋心を自覚したのは、小学五年生になる少し前のとき。
春休みに入ってすぐ、なおくんが家にやってきた。
「ちいちゃん、お散歩行かない?」
「うん、いく!」
なおくんといる時間は最優先だから。
二つ返事をしたわたしになおくんはいつもと同じように笑顔をくれた。
近くの公園まで来て、なおくんがベンチでちょっと休憩しよっかと腰掛けた。
その隣にわたしも座る。
「あのね、ちいちゃん」
「うん」
「……大事な話があるんだ」
「なあに?」
膝の上で固く握り締められた手。
なおくんは躊躇いがちに話し始めた。
「今、ちいちゃんと僕は隣に住んでるよね」
「うん」
「でもね……、もう少ししたら僕は今の家を出るんだ」
「おじさんとおばさんもいっしょに?」
「ううん、僕だけ」
「なんで……」
なおくんがいなくなる。
その事実に頭ががつんと殴られる。
目の前が真っ暗になって、渇いた口からは何も言葉が出てこない。
じくじくと目の奥が傷んで、ぎゅっと瞑るとぽたりと滴が落ちた。
ぽたり、ぽたり。
なおくんが似合ってるねと褒めてくれた水色のワンピースにどんどん滲みができる。