「ねえねえ」

娘の声が聞こえる。

この暗闇の中のどこかに居るのだろうか。

声の距離から、比較的近くに居る事がわかる。

娘の声を聞いた私は、もう一度でいいから、娘と妻を見たいと願った。

瞼を少しずつ開けていく。

瞼が開いていくにつれて、瞳は視界を捉えていく。

レストランの天井がぼんやりと視界に広がる。

徐に上体を起こして周囲を見る。

娘と妻は郷珠の近くに居て、他の客も変わらずに居た。

夢だったのかと安堵するも、すぐに違和感に気が付いた。

ガラスが割れたような視界は奇妙に変化していた。

変わらずに左上から右下まで、ガラスが割れたような線。

視界の中央を左から右へ水平に通る線。

その線は白くて、本の帯のように太い。

線の中に、errorと表示されている。

視界の右上には、何やら、縦グラフのメーターがある。

メーターは激しく上下に動いている。

左下には、円グラフのメーターがある。

そのメーターも激しく増減を繰り返している。

何だか、まるで、私はロボットを操縦しているかのようだった。

視線の先に、妻と娘が見える。

娘は郷珠と何やら話している。

その隣で妻は娘を見守る。

どうしてだろうか。

その距離は何歩でもない。

しかし、無性に寂しくて、怖い。

津波に巻き込まれて、浜辺から遠ざかるような気持ちになる。

次の瞬間、更に視界が奇妙に変化した。

近いものが遠くに、遠いものが近くに、見える。

遠近感が反転した。

あんなに近かった妻と娘は、店内の端のほうに居る。

反対に、老婆は、今や目の前に居る。

手を伸ばせば、老婆に触れられる距離だ。

しかし、老婆に手を伸ばしても触れられない。