「菜々」


ベランダでぼんやりとしていると、左隣から陽ちゃんの声がした。すぐにパァッと顔が明るくなって、自然と弾んだ声が出た。


「陽ちゃん、おかえり」

「おう。って帰ってきたの、だいぶ前だけどな」


柵から身を乗り出すようにした私に、「落ちんなよ」と苦笑が返される。


「実行委員ってそんなに忙しいの?」

「まぁな。それより、お前はちゃんとクラスの仕事、手伝ってるか?」

「してるよ。今日だって残ってたんだから」


本当は陽ちゃんと一緒に帰れるかもしれないと、文化祭の準備が終わったあとで昇降口で三十分ほど待ってみたけれど、彼がやってくることはなかった。陽ちゃんのいない帰り道は寂しくてつまらなくて、帰路がとてつもなく長く感じた。


「明日は一緒に帰れる?」

「そろそろひとりで登下校すれば?」

「やだ」

「わがままだな」

「陽ちゃんこそ、意地悪だよ」

「毎朝乗せてやってるだろ」

「陽ちゃんが卒業するまでよろしくね」


陽ちゃんのため息が聞こえてきたけれど、身を乗り出して彼の顔を見てみると呆れたように笑っているだけで、本気で嫌がっていないことはわかる。