雪月風花の気持ち 風花視点

 一人暮らしの自宅に戻り、自室のベッドでふて寝する。

 なんで、時羽君は私なんかのために色々かばってくれるの? そもそも、時羽君は関係ないのに。我が道を行く人で、無関心のままいればいいのに、声を荒げるなんて初めてあんな表情を見たよ。

 私に嫌がらせをしているのは、時羽ファンの女子だということも誰なのかもわかっている。でも、時羽君は自分にファンがいるなんて気づいてもいないし、私に対して友達以上の感情があるわけでもない。それなのに、みんなすぐ勘違いをする。異性が仲良くしていたら恋仲だと思われる。全然そんな要素のカケラもないのに。

 このまま学校に行っても、毎日嫌がらせが続くならば、行かないほうがずっといい。でも、周囲の大人は歯を食いしばってでも行け、我慢しろという人のほうが多い。それは、社会の歯車から外れないという馬鹿げた常識の押し付けだと思う。

 寿命を取引してよかった。長く生きる必要がないのだから。時羽君は寿命を扱っているのかもしれないけれど、彼はいつも他人事。自分の寿命は削らないのだから、涼しい顔をして取引をする様子は最大級にむかつく。なんで、あんな人と仲良くなろうと思ったのだろう。一人ぼっちで寂しそうだったから? 友達になってあげたら人助けになると思ったから? 特別な能力を手に入れてもいいことなんて何もない。結局事件を解決することもできないし、誰かを助けることもできなかった。胸が痛い!! 頭が痛い!! そして、胸が妙に熱くて気持ちが悪い!! 

 あと3年も生きられない。あと2年ちょっと我慢すれば、簡単にこの人生を終わらせることができる。この陰湿で虚無で妬みばかりの世界に終止符を打てる。

 どこか頑張りすぎていたのかもしれない。死ぬことを見据えて生きるために、人のために明るく元気にふるまう。理想の人間として全うする。それを自分に無意識に己に強制していたのかもしれない。優等生のみんなに好かれる明るい女性。いつのまにかそれが義務になって、まわりから否定されてしまうと、それ以上何もできなくなっていた。周りの評価とか平等な博愛精神とかそういったものを一番気にしていたのは自分だったのかもしれない。

 化けの皮をはがされたような気持ちになる。時羽君はいつも冷静で自分を過大評価しないし、他人に対して平等な人だからこそ、近づいたのかもしれない。自分が計算の元に無意識に動いていたことに閉口する。そして、クラスメイトの化けの皮の下に潜む悪魔が最近ものすごく見えて、辛くなる。

 人間の本音。面倒なことには関わりたくない気持ち。ちょっとしたことで評価を下げる心理。全てが辛い。助けてほしいけれど、人の心が見えている今は普通以上に人が怖い。どうにもならない心が襲う。

 いじめられて、嫌われてしまうという恐怖は学校から足が遠のく。そして、次なるいじめを想像しただけで白い何もない部屋に閉じ込められたような閉塞感に襲われる。桔梗ちゃんはどんな気持ちで過ごしていたのだろう。

 人と馴染めているふりをしていた私と違って自分を受け入れて、正直に生きる桔梗ちゃんはある意味強い。人と関わることを辞めるということができる人は強い。でも、どこかで私は関係が良くなるかもしれない。またみんなと仲良くなれるかもしれないと思っていた。時羽君と切ってしまえば、いじめはなくなるのだろうか? 時羽君はきっかけにすぎなくて、本当はいじめの口実を求めていただけなのかもしれない。いじめるターゲットを虎視眈々と探し狙っていたのかもしれない。獰猛な肉食動物を想像する。

 だめだ、私の能力では人を操ることも仕返しすることもできない。なんて無力な人間なのだろう。なんてちっぽけな人間なのだろう。

 嫌がらせは少し前から、毎日続いていた。先生に相談するというのも気が引けていた。高校生にもなって告げ口しているということがますます事を悪化しそうにも感じて、ずっと嫌がらせを黙っていた。

 時羽君や岸君にも相談はしていなかった。彼らのことだから、それを言えば何かしら行動に出るだろうけれど、それこそ学園内でも人気の二人のファンから白い目で見られて敵が増えるだけだろうし、旧図書室の昼休みのことは一般生徒は知らないことだったので、知らない場所で交流を楽しんでいた。

 しかし、ある生徒が昼休みに3人で集まっていることを目撃して、それ以来、雪月は男ぐせが悪いとか男好きだとかよからぬ噂が立つようになった。

 同時期に仲の良かった生徒とも仲がこじれていた雪月には女友達はあまり信用できないでいた。仲良くしていた友達が片思いの男子がいて、その人との恋路を雪月に相談していた。ところがその男子は雪月のことが好きだと告白してきた。それを目撃した女友達が目の敵にして、無視攻撃をしたことがはじまりだった。最初は目に見えない些細な攻撃だったようにも思う。しかし、それでは満足いかなかったのか、物を隠されたりグループトークから外されたり、目に見えるいじめがはじまった。

 いじめのきっかけは些細なことだったり、友達が言うから仕方なく同調することもある。きっかけを探していたところに、ちょうどいい材料があったから、いじめがはじまったのかもしれない。でも、いじめている間はある意味安心感があるらしく、いじめる対象がいなくなることは次なるターゲットが自分になる可能性もあり、誰かを犠牲にすることがあると雪月は感じていた。

 そして、昨日まで仲良くしていた人が明日敵になることは充分にありうるということを肌で感じていた。だから、余計悟られないように一人でいる時羽と仲良くなり、疎外感を必死で隠していた。嫌がらせをされても今まで以上に明るく振舞っていた。だから、いじめる側は不機嫌になった。

 それは仕方のないことだ。嫌がらせを何とも感じていないならばいじめている意味がない。だから、いじめはどんどんエスカレートしていった。私が暗くなっても面白がってエスカレートしていたのだろう。

 最初は仲のいい友達だと思っていたグループから外されただけだった。時羽と仲良くなったことをきっかけに時羽のファンの女子たちからも嫌がらせを受けるようになっていた。つまり、クラスの10人程度は敵だったと思う。敵はいつのまにかどんどん増えていく。

 一部、普通に接してくれる人もいたけれど、女子特有の妬みやひがみが居心地が悪かった。いっそ、男子の方がずっといいのかもしれない。そう思った時に、いつも一人でいる時羽が目に留まった。彼の心の映像は素直で穏やかだった。自然に囲まれた中で時羽は一人で空を眺めるような映像が見えた。そして、幻想堂の店で働いている様子も見える。内面がわかるという自分の能力を最大限に使って仲良くなれそうな人を探したのだが、心の中を盗み見るという行為はとても自分にとってもマイナスになることが多い。

 普通に笑顔で接してくれている友達の中にも、実は雪月の態度が気に入らないと感じる人がいたし、男子に話しかけてばかりいることを快く思っていない人もいた。表面では笑顔でも実は裏の顔がある。そんな裏を見て心が折れそうになっていた時に、私に対して関心がゼロの時羽は救いだった。噂話を全く気にも留めず一人でいることに慣れている彼の強さが羨ましいと思っていた。

 自分にはないものを持っている時羽は尊敬できる人間だと思っていた。こう見えて、結構さびしがり屋でいつもグループに所属していないと不安になってしまう性格だ。輪の中心にいていつもいる場所がないと不安になる。とてもとても弱い人間だという自覚はあった。だから、グループからネット上でも学校でも外された疎外感は人一倍ダメージが大きかった。

 何をやっているのだろう……。私は、ダメな人間だ。