「――お前を殺すたびに、俺はレベルアップする」
その人間の言葉に、フィフィは首を傾げた。
「……殺すたびに、レベルが上がる?」
にわかには信じられない。
それは、『生まれ持ってのレベルで命の価値が決められる』という、この世界のルールを真っ向から無視するものだ。
そんな力が存在するとは思えない。
しかし、実際に――。
人間のレベル刻印が、いつの間にか変化していた。
その紋章が示しているレベルは、“44”。
最初のレベルはよく見ていなかったが、それでもここまで高くなかったはずだ。
「でも……だから、なに? たしかに、あなたはレベルが上がったかもしれない。それでも、【輪廻炎生】があるかぎり、絶対にわたしには勝つことができないわ」
「いや、そんなことはない」
「……え?」
「不死鳥の倒し方なら――知っている」
その瞬間――。
人間の体を取り巻くように、複数の魔法陣がきらめいた。
同時に、彼が地面を蹴る。
(……! 会話で魔法発動のための時間を稼いでいたのね……人間のくせに小癪な)
人間が一気に距離をつめてくる。
レベルが上がったからか、最初の頃よりも格段に速い。
しかし……結局は、ただのまっすぐな突進だ。
(……芸がないわね)
これが、“不死鳥の倒し方”だとでもいうのか。
なにを見れるのかと、少し期待もしたが……がっかりだ。
フィフィはとりあえず、炎を放って迎え撃ち――。
「――風王結界」
ひゅお――ッ! と人間の周りで、魔法の風が渦を巻いた。
フィフィが放った炎が、その風の膜とぶつかり――受け流される。
「……なっ」
かなり高度な魔法だ。
なぜ、人間がそんな魔法を使えるのかわからない。
魔法の知識が得られる環境ではなかったはずだ。それも魔力を大量消費する上級以上の魔法なんて、低レベルでは訓練しようもなかったはずだ。
それなのに……。
(……なぜ?)
わからない。ただ、1つだけわかることは――。
人間が減速すらせずに、炎の中を一直線に突き抜けてきたということ。
攻撃が受け流された今、フィフィの攻撃はただの“隙”でしかなくなった。
「……こ、このッ!」
とっさに拳で迎撃しようとするも、読まれていたかのように回避される。
人間は流風のごとく、するりとフィフィの懐にもぐり込み――。
「――風王剣」
ひゅん――ッ! と。
鋭利な魔風をまとったナイフが、フィフィの胴体を心臓ごと両断した。
「……ぐ、ぅ……ッ」
致命傷――またしても意識が飛ぶ。
また死んでしまった。
おそらくは、またレベルアップもされてしまっただろう。
(……! そういうことね)
そこで、フィフィは察する。
この人間は、不死鳥の無限の命を喰らい続け――。
やがては、フィフィよりも高みのレベルへと上りつめるつもりなのだ。
「……人間の……くせに……ッ」
フィフィがふたたび灰から蘇生する。
これまでの戦闘から、蘇生直後に人間が攻撃してくることは読めていた。
だから、相討ち狙いで拳を前に突き出し……。
「……え?」
目の前に人間がいない。
今までとは違い、なぜか間合いが開いている。
と、同時に。
ひゅん――ッ! と飛来した真空波が、フィフィの首をはねた。
「……っ!?」
そこで、ようやく気づく。
この人間は、『フィフィが人間の攻撃を読んで反撃する』ということまで読んで間合いを取ったのだ。
そして、蘇生直後の一瞬に当たるタイミングで遠距離攻撃を放った……。
(……な、なに!? なんなの、この人間は!?)
たしかに、フィフィは人化したまま戦うのは初めてだった。
もちろん、人間の体の動かし方に慣れているわけではない。
それに、人化している状態では力も弱まる。少しでも本気を出そうとすれば、その前にこの肉体が消し飛んでしまうからだ。
肉体の限界まで力を出したところで、レベルで言うと60ほどの力しか出ないだろう。
それでも、この人間の相手をするのには充分すぎるはずだった。
そのはずなのに……。
(どうして、当たらないの……!?)
フィフィの反撃は、全て空を切る。
一方で、人間の攻撃は確実にこちらに傷を負わせてくる。
人間の動きが速いわけではない。速さではフィフィのほうが上なのだ。
それなのに――遅れを取る。
それもそのはずだ。
魔物の戦い方は、力によるゴリ押しがほとんどなのだから。
ゆえに、フィフィは"技"を知らない。
打撃を、斬撃を、刺突を、カウンターを、防御を、回避を、足さばきを、目付けを、牽制を、つなぎを、フェイントを、間合いを、ありとあらゆる駆け引きを――知らない。
“技”とは傷つかずに傷つけるための術。
“技”とは弱者が強者を喰らうための術。
そんなものは、不死鳥のフィフィにとっては必要のないもの――だった。
だから、理解できない。対処できない。
「……こ、のッ……いい加減に……ッ!」
フィフィが炎を放つが、またしても空を切る。
戦い方が単調なせいで、動きを予測されたのだろう。
人間はフィフィが動きだすよりも先に、ぐっと低く身を沈めていた。
「――風王剣」
縦一直線の斬撃が飛来し、フィフィの体を両断する。
「……う、ぐ……っ」
絶命する直前、なんとかフィフィは反撃を試みるも――当たらない。
(……一発……一発でいいのに)
一発でもまともに攻撃を当てられたら、人間なんて無力化できるのに。
――当たらない。
レベルの差は歴然なのに、一方的に押されているのはフィフィのほうだった。
さらに人間はレベルアップを重ねて、どんどん動きが速くなっていく。
力の差が急速に縮まっていく。
このままでは、追いつかれ――追い抜かれる。
(……これが、人間の力……!)
と、そのとき――。
ざり……っ、と足元から今までと違う感触が返ってきた。
フィフィはそこで、はっと気づく。
いつの間にか、自分が崖の縁まで追い込まれていたことに……。
(このわたしが……退いたの……?)
いくら人化しているとはいえ……人間ごときに対して、魔界七公爵である自分が?
(……ありえない)
彼女のプライドがその現実を拒絶する。
しかし、認めるしかない。
こうなった理由は、いくらでも挙げられるだろう。
ただ、おそらく一番の理由は――。
――この人間を、侮っていた。
「ふ、ふふ…………あ……ッははははははは――ッ!」
……不思議だ。不思議だ。不思議だ。不思議でたまらない。
本気じゃないとはいえ、圧倒的なレベルの差がある不死身の魔物に対して、この最弱は恐れることなく挑みかかり……。
そして――圧倒したのだ。
こんなこと、今までにあっただろうか?
こんな人間、今までにいただろうか?
「とても……とっても面白いわ、あなた」
相手が人間だからとなめていたが、フィフィはようやく認識を改める。
――この人間は、危険だ。
けっして、小さな鳥かごの中に収められる器ではない。
これは、“食われる側”ではなく――“食う側”の生き物だ。
「……いいわ、認めてあげる。あなたは……強い」
ふいに、フィフィの体から一段と激しい炎が上がった。
炎が渦巻きながら、卵殻のように彼女の体を包み込み、そして――。
「だから、特別に……本当のわたしで、あなたを殺してあげるわ」
人化を――解く。
少女の体がびきびきと変形し始める。
まるで鳥がさらに羽化でもするように、背を飾っていた炎の翼が膨らんでいき、肌からは紅い羽毛が生えてくる。
“太陽の化身”と崇められるレベル77の不死鳥――。
その真の姿へと、少女は変貌していく。
今まで誰かに本気を見せたことなど、彼女の永い生涯をもってしても数えるほどにしかなかった。
それも人間相手になんて、そんなことは高レベルの魔物としてのプライドが許さなかった。
だが、この人間には100%の力をもって相手をしよう。
自分の矜持と、この人間への敬意のために。
フィフィが真の姿に戻った瞬間――この戦いは終わる。
人間など、灰の1粒も残らず消え失せるだろう。
だから、彼女は優しく微笑んだ。
この戦いの終幕に、そっと花を添えるように。
「さぁ、美しく灼かれなさい。今からあなたが見ることになるのは、わたしの究極の核融合魔……」
「――――隙ありィイィッ!!」
「え、ちょっ……」
変身中に、普通に斬りかかられた。
全身の腱に神経に筋肉――。
体の動きに制限がかかる部位に、次々と的確にナイフがねじ込まれていく。
対処しようにも、変身途中の半端な体ではうまく動くこともできない。
「うおおおォオォ――ッ!! これが、人間の力だァァ――ッ!!」
「い、痛っ……ちょっ、待っ……! やめ……! いったんストップ……!」
人間の攻撃は止まらない。それどころか――加速していく。
まったく躊躇いがない。容赦がない。
「ず……ずるいっ!」
「知るか! この世は勝ったもん勝ちだ!」
人間が仕上げとばかりに、どんっ! とナイフを突き刺しながら体当たりしてきた。
「ぐ、ふ……ッ!?」
半端に変身した体では踏ん張りがきかず、がくっと足を崖から踏み外し――そして、浮遊感。
スローモーションで体が傾いていく。
体から剥がれ落ちた紅い羽根が、はらはらと花吹雪のように舞うのが妙にはっきりと見てとれる。
そんなゆっくりと移り変わる世界の中で――。
「なぁ、不死鳥」
人間が悪魔のように笑った。
「――お前、炎がなくても蘇れるか?」