(……おいおい。大丈夫かな、この人)

 真樹はただただ呆れるばかりだ。担当編集者なら、作家のスケジュールくらい把握(はあく)しておいてくれないと!

「はあ。まあ、それは別にいいんですけど。――で、急ぎの用件って何ですか? もしかして、もう改稿?」

『えーと……、改稿といいますか……』

 〝急ぎ〟と言ったわりに、彼の言い方は何だか煮え切らない。一体、何をそんなに言い(よど)む必要があるのだろう?

「――片岡さん?」

 (ごう)を煮やした真樹が呼びかけると、彼は歯切れ悪そうにやっと口を開いた。

『実は、ヒジョーに言いにくいんですが。今日、編集長に言われたんです。麻木先生には今回の作品から、思いきって路線変更をはかってほしい、と』

「路線変更!?」

 思わず、真樹の語尾が()ね上がる。

 デビューしてからというもの、彼女が書いているのは、主に現代を舞台にしたファンタジー作品だ。あやかしものだったり、霊感ものだったりするのだけれど、登場キャラクターの関係性については友情までがいいところである。

 それが、ここへきて〝路線変更〟とは。しかも、片岡の言い方からして、真樹にはイヤな予感しかしない。

(もしかして、恋愛系のジャンルに変更しろとか?)

 だから、それはムリだって昨日も言ったのに! という抗議の言葉を、彼女はすんでのところで飲み込んだ。

『そうなんですよ。編集長が言うには、ストーリーに恋愛を絡めてほしいんだとか。僕は反対しようとしたんですよ? 昨日、先生からお断りされたばかりでしたしね』

「……はあ」

 意外だった。片岡が、真樹の肩を持とうとしてくれたなんて。

『でも、途中で折れちゃいました』

「……は?」

『まあ、イチからベタベタな恋愛ものを書くわけじゃなくて、今まで書いていたものに恋愛要素を絡めるだけなので、それなら先生もいけるんじゃないかと思いまして』

「ええ、まあ……それくらいなら何とか」

 と答えてはみたものの、どの程度の恋愛要素を入れなければオーケーが出ないのか、その塩梅(あんばい)が真樹には分からない。