「お礼なんていいのに、わざわざ気を遣って頂いちゃって! ――カレー、甘すぎませんでした?」

 初老の管理人の心遣いに恐縮しつつ、真樹は訊ねてみる。

 彼女は基本的に辛いものが苦手で、お寿司も(いま)だにワサビ抜きしか食べられない。
 だから、カレーを作る時も毎回甘口になるのだけれど、男性の口には合わなかったのではないかと気になっていたのだ。

「いやいや、そんなことはないよ。(わたし)もこう見えて、辛すぎるのはあんまり得意じゃなくてね。むしろ、あれくらいでちょうど食べやすかったんだよ」

「そうなんですか。じゃあ、また何か作ったら持ってきますね!」

「うん、ありがとうね。――ところで麻木さん、何かいいことでもあったのかい?」

 唐突に訊ねられ、真樹は目を(みは)る。

「えっ? どうして分かったんですか?」

「だって、顔に書いてあるよ。『いいことありました』ってね」

「えー? やだなぁ、もう。実はそうなんですけどね」

 真樹は恥ずかしそうに両手で顔を(おお)ったけれど、嬉しさを隠すようなことはしない。

「今月の二十九日に、同窓会があるんですけど。あたし接客業だし、祝日にお休み取れるのかなーって心配で。でもね、有休がもらえることになったんです! もう嬉しくて!」

「へえ、よかったねえ。同窓会、楽しんでおいで」

「はい! それじゃ、また」

 真樹は佐伯さんに会釈して、集合ポストを覗きに行った。
 郵便は一通も来ていなかったけれど、代わりに一枚のメモが入っている。

『お仕事お疲れさまです。
 お帰りになったら連絡下さい。                片岡』