真樹はスマホで担当編集者の片岡に電話をかけ、メール送信の(むね)を彼に伝えた。

『麻木先生、お疲れさまです。はい、確認しました。改稿が必要になったら、またご連絡します。――ところで麻木先生』

「はい?」

 真樹より十歳は上の片岡は、変なところで話題を変えた。真樹は怪訝(けげん)そうに疑問形で返事をする。

(片岡さん、一体あたしに何言おうとしてるんだろ……?)

『あのですね、早くも次回作の話が来てるんですが。先生は恋愛ものとか、ラブコメとか書かれる気はないですか?』

(ああ、またその話か)

 実は、片岡から真樹にこのテの話が来るのはこれがもう五回目なのだ。真樹は心の中で大きなため息をつき、声に出しては別の言い方で答えた。

「片岡さん。あたしには恋愛ものは書けません。っていうか、書くつもりはありません。ですから、この話はお断りします」

『それは、先生に彼氏ができないから? それとも別の理由があるんですか?』

「片岡さん、それセクハラ発言ですよ。あたしは彼氏ができないんじゃなくて、作る気がないんです。誰とも付き合う気になれないんです」

 これは決して、真樹の強がりなんかじゃない。高校時代にも働き始めてからも、彼女は何人もの男性から交際を申し込まれたことがある。
 それでも、彼女にはそれを全部断るだけの理由があったのだ。その問題が解決するまでは、他の誰のことも好きにならないとそう決めているのである。

『…………分かりました。せっかく、先生が新境地を開拓できるチャンスだと思ったのになぁ』

「そんな新境地なんか、当分開拓したくないです。他に用件もないんで、もう切りますから。失礼します」