■さようなら side志倉柚葵 

 成瀬君が、二週間学校を休んでいる。
 秋も深まり、だんだんと風が肌寒く感じてきたころのことだった。
 噂によると、お母さんが倒れて病院に運ばれて、大変だったようだ。心配になり何通かメッセージを送ったけれど、既読マークが付くだけで返事が来ない。
 何もできない自分がもどかしくなるのと同時に、まだ成瀬君のことを何も知らない自分に気づいた。
 あんなに目立っていた成瀬君がいなくなっても、このクラスは変わらず毎日を送っている。こんな風に日常は作られていくのかと思うと、少しゾッとした。
 あんなに影響力がある人がいなくなったのに、皆は何も変わらないでいられるんだ。
 その事実がとても悲しく、せめて自分だけは毎日成瀬君のことを考えてあげようと思った。私には今、それしかできないから。
 連絡を待っているのは、成瀬君だけじゃない。桐からの連絡も、願うように毎日待っている。けれど、スマホに来るのは広告の通知だけだ。
 今日は桐に、直接会いに行こう。無視されても、怒られても、会いに行こう……。
 放課後のHRが終わり、すぐに荷物をまとめて帰ろうとすると、丁度教室に入ってきた人とぶつかりそうになってしまった。
「ねぇ、成瀬、今日もいないの?」
 ぶつかりそうになった人に急に話しかけられ驚き顔をあげると、そこには前に成瀬君ともめていた陸上部の人がいた。たしか名前は三島君、だったような。
 話すことができない私は、彼の質問に首振りで伝えるしかない。
 彼はしばらく私を不思議そうに見つめてから、「ああ、あんたが話せないって噂のやつか」と、あっけらかんと言い放つ。あまりにもストレートな言葉に、私は思わず硬直する。
「でもあんたくらいだよな。成瀬のそばにいられるの」
 私はふるふると首を横にふる。
 当たり前だけど、私以外にも彼と仲のいい生徒はたくさんいる。
「あのさ、成瀬に会ったら伝えておいて。学内選抜まで、五か月切ってんぞって」
 三島君は、とても真剣な顔をしている。
 彼は本当にただ、成瀬君と一緒に戦いたいだけなんだ。
 そのまっすぐな思いがとても眩しく感じて、私は気づいたらうんと首を縦に振ってしまっていた。
 すると、彼は「サンキュ」と口角をあげて笑い、こう付け足した。