『高校二年生になったばかりの春、私のスケッチブックを見て、成瀬君はどうして泣いていたの?』
 たとえ嫌われたとしても、踏み込みたいと思ってしまった。ストレートすぎる私の問いかけに、彼は数秒間を空けて、ぽつりと答える。
「……消えたくなったから」
 それは、全く感情のこもっていない、平坦な言葉で、成瀬君は、窓を眺めたままぴくりとも動かない。
 ゆらゆらと揺れるカーテンにたまに間を遮られながら、その美しい髪を夏の光に透かしている。
 彼のその美しい外見の内側には、いったいどんな悲しみや孤独が詰まっているというのだろう。
 消えてしまいたいと思うようになる理由は、簡単だ。自分のことが嫌いだから。許せないから。恥ずかしいから。自分ではどうにもできないことばかり続いて、どこにも行けないような気持ちになっているから。
 ……目に、見えたらよかったのに。
 誰かの痛みが、目に見えるものだったらよかったのに。
 同情しているわけでもないのに、涙が出そうになった。
『成瀬君。今から私が心の中で唱えた言葉、一文字ずつ成瀬君が声に出して』
「は……?」
 気づいたら、とんでもないことを彼に提案してしまっていた。
 案の定、成瀬君は素っ頓狂な声をあげて、私のことを眉を顰めた表情で見つめている。
『声になってくれるって、言った』
「……よく分かんないけど、分かったよ。なに? なんかのゲーム?」
 成瀬君は呆れたように私の要望を受け入れて、窓からこちらに視線を動かす。
 そうして、彼としっかり目が合うと、私は心の中で一文字ずつ唱える。
 彼に今、一番贈ってあげたい言葉を。
『ゆ』
「ゆ」
『る』
「る」
『し』
「し」
『て』
「て」
『あ』
「げ」
『る』
「る」
 ――“許してあげる”。私の心の声に続いて、成瀬君もその言葉を一文字ずつゆっくりと声にした。
 その言葉は、私が、“成瀬君が成瀬君自身に言ってあげてほしい言葉”だった。
 私自身も、弱い自分を許せない気持ちとずっと戦って生きている。今も。
 だからこそ、私はこの言葉を彼に送りたかった。きっと自分の似た傷を抱えているであろう、彼に。
 成瀬君は、目を見開いたまま私の顔を見つめ、そのまま固まっている。
 そのとき、強い風がぶわっと吹いて、私たちの間を再びレースカーテンが隔てた。
 カーテンが顔に触れて思わず目を閉じると、次の瞬間にはなぜか温かいものに包まれている感覚に陥る。
 恐る恐る目を開けると、カーテン越しに、彼に抱きしめられていることが分かった。
「なんでだよ……」
 驚いている暇もなく、成瀬君はまた切なそうにつぶやく。
 その一言は、春に廊下でぶつかった時と同じ一言で。
 いつも絵に描いていた彼の腕の中は、想像以上に骨ばっていて固く、でも温かい。
 ドクンドクンと波打つ鼓動が直に鼓膜を震わせて、頭の中を真っ白にさせていく。
「なんでそんなこと、お前が俺に言ってくれるんだよ……」
『成瀬君……?』
「お前、俺の能力が怖くないわけ……?」
 抱きしめる腕が震えていることを知って、君の本心を、やっと聞けたような気がした。
 そうか。君は、心が読める能力と、ずっと戦ってきたんだね。
 私には到底想像のつかない世界で、生きてきたんだね。
 人に自分の悲しみを伝えることは、とってもとっても、難しいね。
 自分の本心を伝えて、何かが変わってしまうことは、とても不安だから。
 自分の嫌いな部分と向き合うことは、とても勇気がいるから。
 成瀬君の能力を聞いた時は本当に驚いたし、弱い心を読まれることは、じつは少し怖いよ。だって、私は私が嫌いだから。だから、自分を知られることはすごく怖い。
 だけど……、今こうして、苦しそうに私を抱きしめる君は、なぜかとても身近に感じるんだ。
 私たちに共通点なんてひとつもないはずなのに。 
『その能力は正直少し怖いよ。だけど、成瀬君自身は、怖くない』
 そう、心の中で答える。
 それは私の偽りのない真実。混じり気のない透明な感情。
 “君は怖くない”。
 成瀬君のことを何も知らない私が、その時彼に伝えられる、精一杯の感情だった。
 彼はその言葉に、私を抱きしめる力を、ほんの少し、強めたのだ。そんな彼に、自分が大切にしている言葉を、ふと贈ってあげたくなった。
『成瀬君。あのね……、自分のこと許してあげられるのは、自分だけなんだって』
 その言葉は、芳賀先生が昔の記事に寄せていた言葉だった。芳賀先生は、“許す”ために絵を描き続けているのだと、多くの資料で語っている。
 “自分を許すため”。私が絵を描き続ける理由も、もしかしたらその気持ちに近しいのかもしれない。

 夏の生ぬるい風が、弱くて脆い私たちの髪を、ふわっと宙へ舞い上がらせる。
 キャンバス上では、描きかけの成瀬君が無表情で遠い世界を眺めている。
 誰にも秘密の、二人きりの夏休みの、出来事だった。

■記憶を消して side成瀬慧

 許してあげる。
 そんな言葉を、誰かに言われるだなんて、思ってもみなかった。
 しかも、一番そんな言葉を俺にかけてはいけない、志倉自身に言われるだなんて。
 そんな言葉を俺なんかにかけるな、という怒りの感情と、不意打ちで放たれた光のような言葉への驚きの感情が、どっちも同じくらいの力で体内で弾けて、気づいたら志倉を抱きしめていた。
 彼女を抱きしめた瞬間、心臓がふたつあるかと錯覚するくらい、全身の血が熱く体を駆け巡ったのだ。
 志倉と一緒にいると、過去への罪悪感と、信頼されることへの恐怖と、もっと内面を知りたいと思ってしまう欲深さと、そのすべてに振り回されて、呼吸がうまくできなくなる。自分の形が保てなくなる。
 こんなの、俺じゃない。――自分じゃない。
 自分のことが、恥ずかしくて、恐ろしくて、感情がぐちゃぐちゃだ。
 彼女に近づいたのは、ただの贖罪のため、だったのに。
 だけど今は、純粋に彼女の存在が大きくなっている。
 過去に傷つけた人を好きになるなんて、ありえない。ありえてはいけない。
 こんな葛藤をするために、俺は彼女に近づいたわけじゃない。
『自分のこと許してあげられるのは、自分だけなんだって』
 抱きしめたまま動けない俺に、志倉がそっと投げかけた言葉が、胸の中に優しく響いていく。

 でも、俺は俺を許すわけにはいかない。
 じゃないと、どう生きていいのか、分からない。



 夏休みは、志倉と過ごしたたった一日の出来事以外、まるで記憶がない。
 あの日に出来事だけがいつまでも脳内にこびりついて、鮮明に再生され続けている。
 志倉の体温や、髪の香り、抱きしめた時の感触、そのすべてが思考を停止させる。
 明日から新学期が始まり、また志倉を顔を合わせるようになる。
 志倉のことを考えないで済むように、と考える時間だけが、過ぎていく。

「庄司(しょうじ)さん、お帰りなさい」
 自分が帰宅した時間と同じくらいに、珍しく父親が早く帰宅した。
 夫婦仲は冷え切っているはずなのに、母親はいつも通り甲斐甲斐しく玄関まで迎えに行く。もう習慣になっているのだろう。
 俺はその様子を横目に見ながら、リュックを雑にソファーの横に置く。
 リビングに入ってきた父親が、俺を視界に入れてすぐに、何かをローテーブルの上にばらまいた。
「大学は、この中から選びなさい」
「は……?」
 高級そうなグレーのスーツに身を包み、白髪をきれいにまとめている父親が、冷たい瞳で俺のことを見下ろしている。
 久々に父親の顔をこんなにじっくり見た気がするが、記憶していた顔よりずっと老けて感じた。
 父親の顔を数秒見てから、ゆっくりとテーブルに散らばったパンフレットに視線をずらすと、そこには東北や北海道にある大学のパンフレットが置かれていた。
「進学と同時に家を出てもらう。そこからはもう自分で人生を決めなさい」
 進学のことは、特に自分ではなにも考えていなかったけれど、適当に都内の大学を受けるつもりでいた。父親にうるさく学歴を求められると思っていたから。
 家を出ることは自らも望んでいたけれど、まさか関東県外の場所を指定されるとは。
 一瞬動揺したけれど、父親の感情を読み取ると、気持ちが一気に落ち着いていった。
『慧とは一刻も早く離れるべきだ。俺たちはもう十分頑張った』
 ……そういうことか。
 自分の生活圏内に俺がいるだけでも、自分の立場にリスクがあることからは避けたいということか。
「学費も家賃も負担する。これからは全部自分で選択していきなさい。お前もそのほうが楽だろう」
 たしかに、楽になりたいのは、お互い様だ。
 俺は何も言わずに立ち上がると、「はい」と低い声でひとこと返事をした。
 母親は、そんな俺たちの会話を遠くから、ハラハラした様子で黙って見つめている。
 自分のことしか考えていない父親のことはとっくに軽蔑しているが、いつも安全地帯から眺めているだけの母親にも、心底腹が立つ。
 俺は荷物をまとめて二階へあがると、自分の部屋ではなく亡き曽祖父の部屋に入った。
 なぜかこの部屋に入ると、心が落ち着いて、冷静になれるのだ。
「はあ……」
 怒りを鎮めるように息を大きく吐く。
 今まで、小学、中学、高校とすべてばらばらの地域で過ごしてきた。片道二時間かかる学校もあった。
 それもすべて、両親が俺の能力に怯え、周りの人に俺の記憶を強く残さないためだった。
 透明人間のように生きろ。それが父親の口癖だ。
「埃くさいな……」
 お手伝いさんにも、この部屋の掃除は頼んでいないらしい。
 偉大な画家であった曾祖父……芳賀義春の部屋が、こんなに埃まみれであることを知ったら、ファンはいったい俺たち一家をどう思うのだろう。
 そういえば、志倉も芳賀義春のファンと取れる言葉を、心の中で唱えていて驚いた。
 きっと言ったら驚くだろうけど、敬愛する画家が俺と同じ奇妙な能力を持っていたとを知ったら、ショックを受けるかもしれない。黙っておいたほうがいいだろう。
 そんなことを考えて、分厚い画集を数冊手に取ってみる。しかし、どの画集も保存状態が良くなく、埃をかぶっている。
 いまだに曾祖父が個展で稼いだお金はこの家に入っているというのに、このありさまだ。
 自分と同じ能力を持っていた曾祖父は、この本棚だらけの自室で隔離され、余生を送ったと聞いている。
 母親はずっと、“祖父に近づくな”と幼いころから教えられていたとも。
 俺が生まれた時にはすでに亡くなっていたため、曾祖父がどんな扱われ方をしていたかは知らない。妻である千絵(ちえ)は、曾祖父と結婚して子供を生んですぐに亡くなってしまったらしい。
 唯一の味方であった妻に早々に先立たれ、曾祖父はどれほど寂しい気持ちで余生を過ごしたのか。
「あ、あった」
 俺は、この部屋に入ると必ず盗み見ている、赤い皮の手帳を棚から取り出した。
 ポケットに入るほど小さな手帳は、どのページも黄色く黄ばんでいる。
 何度も開いたページを、ゆっくりとめくる。嫌なことがあった時、必ずこの文章を読んでやり過ごしてきた。
「治療法は記憶操作のみ。記憶の削除で解放する……」
 俺には、全部終わらせる方法がある。
 それだけが、幼いころからの支えだった。
 同じ能力者だった曾祖父が、なにか残していないかと記録を探し続け、ようやく見つけた手がかり。
 能力がもしばれてしまった場合は、周りの記憶を消すことができる。
 それだけが、俺たち異能者に与えられた、唯一の救いの道。
 最初にこの文章を読んだときは、そんなことあるものかと、腹が立った。
「額に手を当て、読み取った感情を抑え込む。心の破壊をく念ずる……」
 方法も曖昧で、そんな催眠術みたいな簡単な手口で、人の記憶を操作できるわけがない。
 信じられなかった俺は一度だけ、中学生の時に適当な生徒で記憶の操作を試したことがある。
 書いてある通りに、読み取れた感情を押し返すイメージで、自分に関する感情がすべて壊れるイメージをした。
 信じていなかった。しかし、本当にたったそれだけで、人の感情をいじれてしまったのだ。
 目の前にいた生徒はすぐに俺の記憶だけを失い、うつろな瞳で俺を見つめ、教室へと戻っていく。そのときの映像は、今でも忘れられない。
 記憶操作もできるだなんて、いよいよ自分は化け物だと確信したあの日。
 もう二度と誰にも使うべきではないと、誓ったけれど……。
「どうせ遠くへ行くなら、全部失って行くのもありだな」
 そうつぶやいたとき、丁度ドアがノックされる音が響いた。
 父親が風呂に入っている間に、母親がフォローをしにきたのだろう。いつものことだ。
「慧、話があるの」
 想像通り、ドアを開けると、そこにはやつれた様子の母親がいた。
 しかし、今日は俯かずに、まっすぐ俺の瞳を見つめている。
「お母さんたち、正式に離婚することになったから。学費は全部出してもらえるから、安心してね」
「は……離婚? 会社はどうなんの」
「叔父が今の仕事を辞めて、継ぐことになったわ。私もこの歳だけど、事務を手伝うことにしたの。庄司さんは、もう違う会社で取締役を頼まれているらしいわ」
 ずっと二人の仲が悪いことは、分かっていた。離婚を考えていることも。
 しかし、母親は絶対に決めきれないと思っていた。この家から出られないと思っていた。
 驚いた様子の俺に、母親は無理に笑ってみせる。
「大学のこと……ごめんね。慧が行きたいところに行っていいから」
「なんだよ、それ……」
「お母さん、庄司さんには何も逆らえなくて、いつもごめんね」
 目じりにしわを寄せて笑顔をつくり、母親はそれだけ言い残して部屋を出ていった。
 残された俺は、曾祖父の部屋の中で、茫然とその場に立ち尽くす。
 ……自分の能力に関わった人たちは、皆不幸になっていく。
 だから、こんな“リセット治療法”が残されていたのだろう。
 曾祖父は……、“芳賀義春”は、いったいどんな想いで、毎日を生きていたのか。
 能力を知ってしまった人は、皆不幸になっていくというのに。
 こんな能力がある限り、大切な人なんて作れやしない。作ってはいけない。
「くそ……」
 力ない言葉が、ただの空気みたいに喉を通り過ぎる。
 志倉の『許してあげる』という言葉が、最後の灯のように、胸の中で揺れていた。
 
■こんな感情知らない side志倉柚葵

 夏休みが明け、教室で成瀬君と顔をあわせることが、なぜか少し気恥ずかしかった。
 HRが始まる前に騒いでいる生徒の間をぬって進み、なんとか自分の席につく。
 成瀬君が教室に入ってきたことに気づいたけれど、私はパッと視線をそらしてしまった。
 抱きしめられた時の感覚が、今もまだ抜けないなんて、絶対に知られたくない。
 生徒の雑音が、どうか私の心の声を搔き消してくれますように。そう心の中で願う。
 あの日の、『俺の能力が怖くないわけ?』という、成瀬君の弱々しい問いかけに、鼓膜から私の心臓まで振動が伝わって、胸の中が苦しくなった。
 私はあの時、使命に駆られるかのように、彼のために何かをしたいと思ったんだ。
 だから、がらにもなく、自分が心に留めていた言葉を、彼に贈ってしまった。
 どう思っただろう。何も分からないくせいにと思われただろうか。
 でも、ずっと自分に十字架をたてているような苦しい表情を見て、何かしたいと思わずにはいられなかったんだ。
 私は、成瀬君にとって、いったいどんな存在になりたいと思っているんだ。
 振り返ってみると、自分の行動がとてもおこがましく感じて、恥ずかしさでいっぱいになった。
 私は……、成瀬君のことが知りたい。もっと、近づきたいと思ってしまっている。
 彼の弱さに触れた、あの時から、ずっと。

「おーい、皆席につけー」
 唐突に大きな低い声が教室に響き渡り、ハッとする。
 ぎりぎりの時間帯に教師が教室に入ってきて、着席を促した。
 何やらプリントを持っているけれど、そういえば、夏休み明け早々に進路調査についての説明をすると、一学期の終わりに言っていた気がする。
「夏休みが終わって、そろそろ進路調査の時期がやってきた。ひとまず今日希望の進路をなんでもいいから書いて提出するように」
 ざっくりとした説明に、生徒はだるそうに「はーい」と返事をする。 
 前の席から調査票の紙が配られ、まだ真っ白な紙に、静かにペンを立てた。
 第一希望は、ブレずに、北海道にある美術大学。第二希望以下は、とくにイメージがわかないので、もっと自分に合いそうな大学があるかこれから調べるつもりだ。
 適当な美大の名前を書いて項目を埋めると、私はペンを机に置いた。
 遠く離れた大学に行くことを両親は心配しているけれど、これ以上心配をかけないように、ひとつずつできることを増やしていかないといけない。
「はい、じゃあうしろから回収してー」
 先生の指示に従い、裏返した進路調査票を前の席の人に渡そうとした。
 しかし、前の席の生徒が紙を受け取りはぐってしまい、ひらひらと落ちた紙は、一列挟んだ席に座っている、南さんの足元に着地した。
 彼女は、すぐにそのことに気づき、少し腕を伸ばして、私に紙を渡す。
「はい」
 笑顔と一緒に渡された紙を、私はぺこぺこと頭を下げながら受け取る。そしてすぐに前の席の生徒に手渡した。「落としてごめん」とすぐに謝られたので、大丈夫という意味を込めて下手くそな笑顔を浮かべる。
 教師が教室を出ていくと、教室は次の授業まで再び騒がしさを取り戻した。
 教科書の準備をしようと整理をしていると、ふと人陰で視界が暗くなるのを感る。
「ねぇ、夏休み、成瀬とデートしてた?」
 え……?
 顔をあげると、そこにいたのはさっきと変わらぬ笑顔の南さんだった。
「噂で聞いたの。夏休みに二人が一緒にいるところを見たって人がいたこと。本当?」
 その問いかけに、私はどうやって答えたらいいのか分からなくて混乱する。
 偶然一緒にいることになったのは事実だけど、決してデートなんて名目ではない。
 私はスマホに『絵のモデルになってもらいました』とメモして、彼女に見せる。
 すると、南さんは大きな猫目の瞳を一瞬細めてから、「そうなんだ」とからっと笑ってみせた。
 すぐにすっと視線を外され、唐突な質問タイムが終わったと思ったその時、前の席から男子の大きな声が聞こえてきた。
「え! 成瀬、H大受けんの!? なんでだよ、もっと上目指せるっしょー」
 男子のその叫びに、成瀬君は心底うざそうに「勝手に見んなよ」と、声を低くしている。
 周りの生徒もざわつきはじめ、「成瀬君、北海道の大学目指すらしいよ」とザワつき始めた。
 成瀬君も、北海道の大学を希望しているの……? 知らなかった。
 たしかにこの進学校で彼の成績なら、もっと名の知れた大学に行くことは容易なはずだ。何か、北海道の大学を目指す理由があるのだろうか。
 そんな風に思っていると、南さんが再び突然私の方を向き直って、大声をあげた。
「え! 志倉さんも北海道の大学受けるの!? 美大とか?」