■君と夏休み side志倉柚葵

 夏休みに入ると、美大受験をするにあたり予備校に通うことになった。
 授業は週にニ回だけど課題が多く、しかも夏休み期間は部室は解放されないためどうしても絵を描く場所と時間が足りない。
 家では描くスペースがないと桐にこぼしたら、彼女のおじいちゃんが気まぐれで建てたアトリエが離れにあるから自由に使ってくれていいと言われた。
 さすが学園長を務めるおじいちゃんだ。どうやら一時期だけ油絵にはまったけれど、今はすっかり飽きて使わなくなってしまったらしい。
 最初は断ったけれど、『代わりにアトリエの掃除をするってことでいつでも使ってよ』と合鍵まで渡してもらった。戸惑いつつも、夏休みの間だけそのお言葉に甘えることになったのだ。
 そして今、強い日差しの中、桐の家から少し離れた場所にあるアトリエに向かっている。
 この辺は高級住宅街ばかりで、歩道も整備され美しい並木道が続いている。
 私は真夏の日差しに透ける新緑の美しさに目を奪われながら、通り慣れていない道を進んだ。
 講師から『人物画』というざっくりした課題を与えられたけれど、誰を描こうかな……。
 実際の試験にも人物のスケッチが出る可能性は十分あるので、桐にモデルを頼みたいけれど、彼女は今日も習い事で忙しそうだったから、頼むに頼めない。
 人物画といえば……、今までひっそり描いていた成瀬君が部活を辞めて走らなくなってから、もう絵を描き進めることができなくなってしまった。
 成瀬君の骨格は本当に見れば見るほど美しくて、ものすごく描き甲斐があったのに。
 残念に思いながら歩いていると、何やら前方からとても美しいフォームで走っている男性が近づいてきた。
 あれ、なんだかあの人、成瀬君とフォームが似てる……。
 それに、首から肩にかけてのシャープな骨格も、足の長さもそっくりだ。
 そんなことを思ってつい見つめてしまうと、黒いキャップの下からのぞく鋭い眼光とバチッと目が合ってしまった。
『あ……!』
 思わず心の中で大声をあげてしまう。
 走っていた彼は私の目の前で止まり、キャップをすっと外した。
 それから、少し呆れた口調で言い放つ。
「骨格で人のこと見つけんの、やめてくんない?」
『な、成瀬君! 家この辺なの……?』
「いや、そんなに近くないけど、この辺走りやすいから」