昔はお手伝いも住み込みで雇っていたけれど、今は祖父と祖母も亡くなったためお手伝いは通い制度になり、この無駄に広い家で父母と三人暮らしをしている。
 ヴィンテージもので重厚感あるソファーが部屋の中で一番存在感があり、テレビのそばには祖母が趣味で集めていたという海外製のアンティークが並べられている。
 ヨーロッパ調デザインの年季の入ったダイニングテーブルの奥には、今時珍しく暖炉があり、床には当たり前のように全面に絨毯が敷かれていて、今の時代に沿った家ではないことは分かっていた。
「慧の高校の文化祭は華やかで有名だものね」
 ワンレンボブの髪で顔を隠して、母親はカウンターキッチンで食材を切るふりをしている。目を合わせないほうが感情を読みにくい、という、俺が幼いころについた嘘を、家族は今も信じ続けている。
 そんな嘘をついたのは、家族を思ってのことではなくて、俺にとってもその方が都合がよかったからだ。
 本心とちぐはぐなことを言われているとき、どんな顔をしたらいいのか、分からないから。
 荷物を置いて、制服の上着を脱ぐと、俺はすぐに自分の部屋へと向かおうとした。
 しかし、そんな俺を母親が呼び止める。
「慧。部活のことだけど……、あれはお父さんと話し合って、慧のことを思って判断したの。それだけは分かってほしい」
「分かるって、何を?」
「お父さんが勝手に顧問の先生に話をしに行ったのは、少し強引だったかもしれないけど、そうしないと慧は辞めてくれなかったでしょう?」
 少し遅れて、言葉とは裏腹な声が聞こえてくる。
 『無理やり退部させたこと、怒っているだろうか』
 『いつか不満が爆発しないだろうか』
 『私たちを憎んでいるのではないだろうか』
 まるで、危険物にどう触れたらいいのか分からず怯えているようだ。
 心の声と、取り繕われたうわべの声、そのどっちに俺は言葉を返したらいい?
 今母親が言いたいのは、分かってほしい、ではなく、私たちを恨まないでほしい、ということだ。
 母親は、まっすぐこちらを見つめて、俺の返答をどぎまぎしながら待っている。
 そのおびえた目を見ると、自分は化け物なんだろうかとさえ思う。
 もしかしたら志倉も、明日からこんな風に俺に怯えて近寄ってこないかもしれない。
 ああ、だったら、化け物でもいいかもしれないな。