■全部あげる side成瀬慧
『俺、人の心読めるんだ』――。
 そうメッセージを送った時の志倉の様子は、石化しているという表現が一番しっくりきた。
 両親以外には、生まれて一度も暴露したことがない秘密を、今、志倉に初めて打ち明けた。
 信じてもらえるとか、もらえないとか、そんなことはその時は考えていなくて。
 ただ、彼女が自分のことを許せないと思う感情が、ぽろぽろと胸の中に切なく流れ込んできて、気づいたらそんなメッセージを送っていた。
 あの時の自分は、反射的に罪滅ぼしの意識で、助けたいとでも思ったのだろうか。
 声を出せない彼女の心の内を聞くことができる自分なら、何かできるかもしれないと。
 どこまでも自分本位で、笑えてくる。そんなことできるわけがない。
 秘密を打ち明けてからすぐに、ものすごく後悔した。そんな方法で彼女に近づくなんて、許されるはずがないのに。
 すぐに冗談だと言おうとしたけれど、彼女は信じ難い気持ちはありながらも、なぜか『俺は嘘をついていない』と確信していた。
 ……どうしてだ。
 どうしてそんなに、人を信じる気持ちを、まだ持っていられるんだ。
 “信じる”なんて、そんな感情、俺に対してだけは、持たないでくれよ。
 俺はその日、それ以上何もメッセージを送らずに、何事もなかったかのように作業を進めた。
 彼女の中の綺麗な感情と向き合うことが怖くて、逃げたのだ。



 家に帰ると、母親はいつも一瞬緊張したような表情をする。
 俺に読まれたら都合の悪い感情を消すために、慌てて頭を別のことでフル回転させようとしているのだろう。
 ダイニングルームに入ると、俺に全神経を尖らせている母親が、こちらを見てにこりと笑った。
「おかえり慧。少し遅かったのね」
「……文化祭の準備があった」
 『まだ部活動をしているのかと思った』という感情が透けて聞こえてきたけれど、俺はそんな心の声を知らないふりをして、無感情で答える。
 母親は一度も働いたことがない生粋のお嬢様の専業主婦だ。
 この家は母親側の持ち家で、一般的な家とは違い、“洋風のお屋敷”と言ったほうがしっくりくる。“心を読む能力”を持った曾祖父の資金を元手に作った繊維製造会社を、母親は継がずに、婿養子に入った父親が社長となって継いだ。